T太郎

華麗なる殺人のT太郎のレビュー・感想・評価

華麗なる殺人(1965年製作の映画)
3.7
953
60年代のイタリア映画だ。
意外やコメディである。

主演はマルチェロ・マストロヤンニ。
フェリーニやヴィットリオ・デ・シーカ作品の印象が強い名優だ。

私は古典作品については、基本的に名の知れた名作しか鑑賞しない。
お店に名作しか置いていないという事情もあるが。

が、特段名作ではないこの作品を私が手に取ったのは、マストロヤンニ目当てである。
フェリーニ作品で苦戦した私のリベンジでもあるのだ。

さて、一体どのような作品なのか。
観てみたら、分かりやすいエンタメ作品だった。
良かった良かった。

近未来、合法的に殺人が認められている世界。
殺人というより殺人ゲームだ。

抽選により”ハンター”と”標的”が選抜される。
ハンターが標的を狩るか、標的がハンターを返り討ちにしたらゲームオーバーだ。
勝利者には賞金が授与される。

勝利者はハンターと標的を替わりべんたんで務めていく。
10回勝てば莫大な賞金とともにゲームから解放されるという寸法だ。

ハンターには標的の情報が与えられるが、標的は誰がハンターか知らされない。

だから、疑心暗鬼になった標的が、無関係な人を殺めてしまうと、普通に刑務所にぶち込まれるのである。
そんなルールの中でのデスマッチなのだ。

物語の主人公は標的のマルチェロとハンターのキャロリンだ。
キャロリンは10回目、マルチェロは7回目の殺人ゲームである。

この二人が対戦するのだが、騙し騙され面白い展開が続いていく。
両陣営の思惑や恋愛要素などが絡み合って、一筋縄ではいかない物語となっているのだ。

一体どのようなラストを迎えるのか。
先の読めないストーリー展開が楽しく、古さを忘れて没入させていただいた。

マストロヤンニの少々軽い演技も私にとっては希少で良かったのだ。

また、このような設定にも関わらず、登場人物が体制側にもの申すとか反旗を翻すような展開は一切ない。

この世界を当たり前のものとして、殺人ゲームを楽しんでさえいるのだ。
深刻さはなく、軽く鑑賞できる仕様となっている。

私は非常に重厚な性格で重責を担う重鎮なのだが、そんな私にもピッタリな軽さなのであった。
T太郎

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