しずる

燃ゆる女の肖像のしずるのネタバレレビュー・内容・結末

燃ゆる女の肖像(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

表現するということは、対象について観察し、考察し、寄り添おうとする事だろう。【形】の把握から、【本質】の理解まで。本当の美しさも、醜悪さも、深入りしなければ解らない。近寄り、共感し、愛で、時に憎む。対象に自己が混じり合い、その落とし子であるかのようにひとつの作品となっていく。そう考えれば、全ての芸術は、恋愛によく似たものであるかもしれない。

「この肖像画は私に似ていない」と娘は言い放つ。本質を突かれて画家は憤る。互いの誇りのぶつかり合い。形をなぞる視線が、内を探る視線に。隠れ見る眼差しが、見つめ合う眼差しに。

【愛とは何か】。言葉でなど語れるものか。感情を揺り動かし、身体を突き動かし、嵐のように呑み込み、波のように去り行くもの。芸術もまた同じ。音楽も、絵画も。わけなど判じる間もなく、心を高みに投げ上げる。
光、陰、色彩。吹き荒ぶ風の冷たさ、暖炉の火の熱、砂の感触。荒々しく響く波音、一心不乱なデッサン音、密かな衣擦れ。濡れた唇、乱れた髪、蝋燭の灯りに浮かび上がる肌の艶かしさ。論理で説くのではなく、表現は極めて感覚的、叙情的。台詞は少なく、けれど鋭く。

情感一杯にロマンスを詠い上げながら、一方で、観察する画家の目のように冷静に。女性の冷遇、自由の抑圧、と、ともすれば社会的倫理的な主張に偏りがちの所を、監督は、女性達を可哀想な被害者ではなく、自立し、逞しく強くしなやかなものとして描く。男達がどうあろうと、女は女として存在し続けるのだと。
画家は信念をもって芸術の道を選ぶ。女主人は、遠方の縁談を選んだのは退屈しないためと豪語する。侍女は赤子に手を握られながら堕胎し、男の裸体を画く事を許されない女画家がその堕胎を描く。女達は夜の帳の下朗々と自由に歌い上げる。そして、画家に啓示を与え、芸術となって永遠を得た娘は、潰えた恋の思い出に慟哭しながら、それでも恍惚と笑みを浮かべるのだ。振り向く事はせず。

女性という性が持つ業、身体と感情、苦しみと喜び。【女】という対象物を、いとおしむ眼差しで見事に描き出した肖像画。
成る程、これは女性監督にしか成し得まい。
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