しずる

1917 命をかけた伝令のしずるのネタバレレビュー・内容・結末

1917 命をかけた伝令(2019年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

第一次世界対戦の最中、イギリス軍の一兵卒であるブレイクとスコフィールドは、最前線の部隊へ、明朝までに戦闘停止の命令を伝える任務を受ける。間に合わなければ、ドイツ軍の待ち伏せにより、甚大な被害が予想され、最前線の部隊には、ブレイクの兄も所属していた。数々の危険が待ち受ける戦場の中を、たった二人の伝令が駆け抜ける。

構造は極めてシンプル。伝令の出発から任務の終わりまで、カメラはずっと、彼らの背後に付き従うように、時に視点を巡らし、回り込みながら、その行程を追っていく。敵に遭遇し、銃撃をかい潜り、次々と襲い来る危機を乗り越えながら、ひたすら終着点を目指して走り続ける。
登場人物の背景が詳細に語られたり、大仰な泣かせの展開が繰り広げられたりはしない。ただ淡々と、死がありふれた戦場を、必死で進み、多くの敵と味方を通過していく。

あたかも自分も一人の伝令になったかのような臨場感は凄まじく、時間の断絶を最低限に、伝令の姿を追い続ける映像に、目を離す隙もない。
カメラワークやアングルの妙に加え、リアルなセット、構図の美しさなど、ビジュアルの完成度は最高レベル。塹壕の泥濘に同化する死体、川面を埋め尽くす死者に降りしきる花弁…。壮絶な映像に息を飲まされる。
草に埋もれて居眠る二人の兵士に始まり、それに被せるように、一人草むらの木にもたれた兵士の姿で終わる構成、停戦命令を届けた大佐の「毎日違った命令が出る。明日は朝日と共に突撃の命が下るだろう」の台詞、ラストシーンの家族写真に書かれた「生きて戻って」のメッセージ。果たして自分は生きて帰れるだろうかと、兵士達の追い込まれていく静かな絶望と虚しさを、僅かな情報で写して見せる技巧も上手い。
感情や倫理に訴える手法に対し、こういう戦争の描き方もあっていいだろう。

ただ、不必要な脚色を極力省いた淡々とした視線は、効果と同時にある種の弊害をももたらしているように思う。
戦場を生き抜く一兵士の視点は、いつ死んでもおかしくない恐怖と、我武者羅に障害を排除して命を繋ぎたい必死さを、観客に憑依させていく。
映画が終わり恐怖から解放された時、観客は自らの内に芽生えた攻撃性と、立ちはだかる者の死への鈍感さに気付いてゾッとするだろうか。そこまでの描き方を、この映画はできていないように思う。
情報量の多さは、想像力を奪う。設定されたイベントのように、次々と与えられる試練。視覚や聴覚を埋め尽くして与えられるストレス。そこから解放された時、私は何を思ったか。ああ、良かった、と、肩の力を抜いてほっとしただけだ。
それでは、お化け屋敷やジェットコースターなどのアトラクションと変わらない。受けとり手の感性に左右される面もあるのだろうが、戦争というものの恐ろしさについて、もう一歩踏み込んだ描き方をして欲しかったという気もする。
戦争が怖いのは、誰もが理不尽な死に晒されるからだけじゃない。誰もが生きるために殺すことに躊躇いを覚えなくなるからでもある。

とはいえ、映画としては間違いなく新感覚。いかにも、技術が進歩し、VRなどの現実とみまごう体験を尊ぶ現代らしい作品と言えるだろう。
鑑賞は、是非大スクリーン、良音響のシアターで。
しずる

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