ハヤシ

ヤクザと家族 The Familyのハヤシのネタバレレビュー・内容・結末

ヤクザと家族 The Family(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

生き方から死に方に至るまでの全てが、山本賢治というその人らしい歩みだった。山本賢治そのものだった。それは確かに切なく物悲しくはあったけれど、可哀想というのとはまた違うように感じられた。

1つ目の家族を生まれた家族、2つ目を柴咲組のファミリー、3つ目を愛した女の家族とするならば、お母さんだと思って頼っていいと言ってくれる愛子さんとケン兄と呼んでくれる翼は4つ目の家族のようなもの。危篤の親父に「家族大事にな」と言われたとき、賢治は3つ目の家族との生活を失ったばかりだったので見ていて辛く思えたけれど、彼は最終的に4つ目の家族を守ったんだなと思った。そういえば、出所した賢治を純粋に真っすぐな喜びでもって迎えてくれた人は愛子さんと翼だけだった。

最後に賢治と翼がオモニ食堂で会話するシーン、「大丈夫って言う人大抵大丈夫じゃないっすよ」と賢治に言ったそばから「俺は大丈夫だから」と言う翼の危うさがリアルだった。「大丈夫って言う人大抵大丈夫じゃないっすよ」が沁みたからこそ、翼が大丈夫じゃないって分かったんだろうな。

ラストシーンの防波堤、煙草をふかす賢治、複数台にも聞こえるスクーターの音は1999年の焼き直しのようだった。1999年に賢治の手で海に葬られたシャブと、その20年後に海に沈む賢治が重なった。

ブックエンドの外側の翼と彩のシーンは鳥肌ものだった。賢治がいたからこそそこで出会うことになった2人。賢治の弟のような翼と娘のような彩。「お父さんってどんな人だったの」と問う彩が翼にとっては過去の自分とも重なったのだろう。ラストの翼の表情の移り変わりが見事だった。磯村勇斗、圧巻の演技だった。

この作品のビジュアルテーマは煙とのこと。作中では経済や社会の状況、ヤクザに対する世間の対応などが時代と共に変わりゆくことが強調されていたが、煙突とそれが吐き出す煙は変わらずそこにあり続けるものとして表現されていた。藤井監督はヤクザのたどった経緯と地方都市の栄枯盛衰に重なるところがあると語っている。3時代を跨いで変わらずにあり続ける煙突の煙は、環境が変わる中でもヤクザという生き方を変えず(変えられず)生きていくしかない人々のメタファーのように思えた。

太陽の生み出す光と影で彩られた画、特にマジックアワーの空がとても印象的で美しい作品だった。

(ハイローのオタクとしてはところどころ重なるシーンや場所のイメージが有り、テンションが上がりました。)
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