しずる

スパイの妻のしずるのレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
3.9
物凄く恐い映画だった。始終ゾワゾワしながら見ていた。狂ったものしか出てこない。狂った人間、狂った世界。でも「私は少しも狂ってなどおりません。きっとそれが、狂っているという事なのです」

善悪も正誤もどこにもありはしない。皆、自分の守りたいものの為に必死だ。人一人に掴めるものなどほんの僅かだから。譲れないひとつだけを選んで、後は捨てる。己の命、愛する者の命、他人の命、富、名誉、愛情、家族、国家、良心、信念、誇り、どれかひとつ。
なるほど、生き抜くとは本来そういうものなのかも知れない。【非常事態】と呼ばれる出来事をいくつか経験した今、肌が粟立つようなリアリティを感じる。でも私は、こんな恐い世界は嫌だなぁ。自分と誰かを常に天秤にかけて、その呵責を背負い続けなければならないようなのは。例えそれが、平和ボケした現代の綺麗事でしかないとしても。

戦争ものとしてのメッセージ性もあるが、スパイもの、クライムもの、サスペンスなど、説教臭さを感じさせないだけの娯楽要素にも富んでいる。
画面に写る舞台が限られていて、制作費が限られていたとの事だから、そういう理由かもしれないけれど、芝居がかった台詞回しや所作とも相まって、舞台劇を見ているような雰囲気もあった。あるいは、小説を繰る手が止まらない時のような。
芝居も小説も映画も大好きな私にとってはとても贅沢な一時だったが、他の表現媒体だったらどうなったんだろうな。
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