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ベイビー・ブローカーのdaisukeookaのレビュー・感想・評価

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
4.9
赤ちゃんのウソンくんが名演技。堂々としていて可愛くて、物語の中心にドンと座っていて、登場人物全員をゆるく繋ぎ止めている。彼を中心にして集まる主要な面々の全員が、ウソンくんに刺激される課題をそれぞれに抱えている。この人物造形と配置が見事。物語の8割はキャラクター、とは本当によく言ったものだと思う。

そして撮影が見事。雨が降りしきる夜の釜山の教会は不穏だけど、夜が明けた下町のクリーニング屋はのんびりしていて、バンが走る海の橋は爽やかだ。観ている間に自分もあの「家族」の一員になっている。ちょっと買い出しに行ってこようか、とか思えるくらいになっている。

「自分が映画の中にいるような」というのは、何も高精細なCGやIMAXなどのメカ的技術に拠るものではない。脚本と演出、そして出演者の演技。全てが絡んで、観客を映画の世界に浸らせるのだ。そしてこの映画はそのあたりが抜群なのだ。

過去に「そして、父になる」という映画を観て、相当腑に落ちなかったことがあった。生まれたばかりの男の赤ちゃんを取り違えた裕福な男と子沢山の男の物語だが、裕福な男の側が一時的な交換を求めた際に、互いに気を遣い合うような描写があった。おれが子沢山の父親の方なら、裕福な方の息子も今まで育ててきた息子も「ひっくるめてウチで育ててやる」と啖呵切っていただろう。映画の中に横溢する「優しさ」が違う方向にあるように感じたのだ。

この映画は、そこを真っ当に修正してきた。家族は血縁だけじゃない。故あって縁が薄くなったり切られたりした人間でも、誰かと縁を繋ぎ、支え合いながら生き抜いていける可能性はある。そこで発揮される優しさは、決して打算ではない。かつて優しくされなかった自分が、優しくされていない誰かに優しさを発揮することで、自己治癒を目指す。本能に近い動きなんだろうと思う。あられもなく優しくなってしまう、それでいいんだ、と映画が肯定している。

スジン捜査官(ペ・ドゥナ)が車中から雨を見上げる。ドンス(カン・ドンウォン)がソヨン(イ・ジウン)の目を隠す。サンヒョン(ソン・ガンホ)が娘にケーキ屋で引導を渡される。映像がしっかりと人物の心情を観ている側の感覚に刺してくる。映像はただ綺麗なだけでなく、心情は言葉で説明されない。こう見せるのが映画の仕事なのだ。

赤ちゃん売買なんて犯罪だ、と言うのは簡単だけど、それで救われる子どもたちもいるのはこの映画を見れば明らかだ。血縁の下の家族にいるままで、親子の相剋にハマる人だって少なくない。社会が規定している「こう生きるべきだ」と言う通念が幸せを完全に保障してくれる訳じゃない。だから、結末の「家族」の在り方はある意味、映画的なファンタジーに満ちている。社会とか組織とか個人とかの「隙間」「際」にいる人間たち…アウトサイダーたちが、ただ生きるために、ゆるく繋がって「家族」になってしまう。なんかそういう話が元から好きだし、そんな物語はこれから先の時代にもっと大事になっていくような気がするのだ。

このサンヒョンが最後に負った役割がニクい。ニクすぎる。「際」にいる人間が一瞬醸し出す、ふとした・意外な「ヤバさ」「ダークさ」は「これぞ映画」。単に「優しい」だけの映画にしなかった、こういう目配りもエンタテインメント映画の責任だと思うのだ。
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