金宮さん

ノマドランドの金宮さんのレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
3.5
キャンピングカー車上生活者「現代のノマド=遊牧民」を描く。"私はホームレスではない、ハウスレスだ"の台詞にあるとおり、主人公はノマドとしての生き方に頑固にも似たこだわりがある。放浪生活も町の経済破綻はきっかけでしかなく、自分の意志でそれを選択していることが後々わかる。

そんな自由な生き方と美麗な自然風景の合わせ技なのでどうしても憧れを喚起されるが、一方で作り手は演出的に「ノマド最高!」にまったく偏らせておらず、信用につながるその点が今作の特徴だと思う。

ノマド生活の経済的過酷さを描くだけでなく、主人公の出会いが基本プチ揉めからはじまるところに精神的余裕なんてちっとも無いじゃないかと思わせてくれるところがリアル。姉に金借りるときに「取りになんて行けないよ!送金しろよ!」はかなり傍若無人。

その借金のために富裕層ぽい姉宅を訪ねるシーンが個人的に一番良かった。飾り気のない会食の場での、そんなには嫌らしくはない不動産ビジネストークに主人公は食ってかかる。「カツカツな人たちに家まで買わせてお金を儲けて正しいのか?」それに対し「好き勝手やってる君たちのような人間の偏見だ。」と言い返される。ムッとするものの主人公も富裕層もいったん飲み込む。

これ系の話題になると「いやいや好き勝手やれてるのは経済まわしてる俺らのおかげだろ?」と富裕層側が暴論を言い出して、自由人側は「富裕層→便利な生活」と否定対象が飛躍してしまう。順番として逆もあり得る。終いには双方それがアイデンティティ化してしまい泥試合となる。金持ちvsノマドの構図にとどまらず、これは「生き方」の議論としてあるあるな気がする。

前述のシーンで登場人物はお互い激昂することなく、一定の温度感で意見を表明し嫌々いったん受け入れた。このスタンスが素晴らしく、新たな生活スタイルを偏りなく描いた本作の精神を端的に表現しているように思えた。

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まったく毛色は違うのに『老後の資金がありません』を思い出した。リタイア後の生き方を考えるという意味で。あちらは老人シェアハウスで決着し、観ていて私も共感。『ノマドランド』もひとつの生き方として少し魅力的に見える一方で、終盤の「最後のサヨナラがないのがノマドの生き方の一番いいところ」で私には無理だな、と思った。

継続した人間関係への希望が自分の基礎土台になっているから、選択肢があるなら共同体を選びそう。ノマド生活は一期一会なところが魅力なのだろうし、自分には合っていないのだと。

ノマド生活が私向きではないことがわかる、それ自体が今作の素晴らしさだと思う。その鑑賞者も受け入れる度量がある。
金宮さん

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