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PERFECT DAYSのArataのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
年末に、とても素晴らしい作品に出逢えた。

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司さん主演で、東京のトイレ清掃員を主人公にした映画。
役所広司さんが、今作でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞した事でも、公開前から大変に話題となっていた。
個人的には、1、2年前、監督が下北沢に来ていると言うネットのニュースか何かで知り、次回作は日本が舞台だと言う様な話を聞いて以来、心待ちにしていた作品。


【あらすじ】
東京の公共トイレ清掃員として働く平山さんは、スカイツリーのお膝元で古いアパートに、慎ましくも心豊かに暮らしている。

歯を磨き、髭を整え、ボスのカフェオレを飲み、いつもの角を曲がったところでカーステレオのカセットテープをセットし、献身的に仕事をこなし、銭湯に行き、浅草の地下街で晩酌をし、寝落ちするまで読書をする、そんな1日1日を規則正しく過ごす中で、お昼休憩で訪れる境内の木漏れ日をノーファインダーで撮影するのも日課の一つにしており、その瞬間にしかないものと向き合おうとしている。

日々イレギュラーな出来事も起こるのだが、木の様に悠然とした平山さんの佇まいに美しさを感じ、木漏れ日の様な彼の哲学に触れ、新たな世界を知る事が出来る、4:3の画角で映し出される密着ドキュメンタリー的ヒューマンドラマ。



【感想など】
・役所広司さん演じる、トイレ清掃員の名前が「平山」。
小津安二郎監督を敬愛するヴィム・ヴェンダース監督が、小津作品の主人公家族の名字として多く採用されている「平山」と言う名字を、今作で主人公の名前として採用している時点で、大変感慨深いものを感じる。

この平山さんが、本当に無口。
約2時間、極端にセリフが少ないが、動き、表情、背中、あらゆるもので演技をされている役所広司さんに感服。
小道具や音楽なども、細部に神宿る素晴らしい演出。


・対比表現
スカイツリーと言う近代の象徴と、そのお膝元の下町情緒あふれる古いアパート。
仕事に大真面目な平山さんと、不真面目なタカシ。
浅草の松屋百貨店と言う高級なお店と、地下街の昭和レトロな大衆的なお店。
現代っ子の姪っ子と、未だにスマートフォンを持たない平山さん。
などなど、「この世界は本当は沢山の世界がある。繋がっている様で、繋がっていない。」と言う平山さんの言葉が、それを物語っている。


・カセットテープ
柄本時生さん演じるたかしが、下北沢のレコード店で平山さんのカセットテープを鑑定してもらっているシーンにもある様に、今アナログのブームが来ている。
私はカセットテープは収集してはいないが、レコード盤を買いにそういったお店へ行くと、カセットテープのコーナーも拡大してきている印象を受ける。

このロケ地のレコード店へは、下北沢へ用もなく週に何度も行っていたその昔、よく通っていた。
その当時、おそらく店主のお子さんと思しき一桁代の男の子が、店内で元気に遊んでいたのを覚えている。
彼は、今どうしているのだろうか。
順調に成長していたら、おそらく成人している頃だと思う。もしかしたら、お店を引き継いでいるかも知れないし、あの時の彼くらいの子どもが居てもおかしくない。

そして、3枚で2千円と言う価格設定のコーナーがあったと記憶しているが、実際にどうだったかは確証が無い。
ひとつだけ確かな事は極個人的な事で、映画「ティファニーで朝食を」のサウンドトラック盤を購入したのは、このお店だったと言う事。
ジャケットのオードリー・ヘップバーンさんがとても美しく、今でも時々かけている。
どこでどのレコードを買ったと言う記憶は、あまり覚えていない事が多いのだが、何故かこの一枚の記憶ははっきりとしている。
映画に、知っている場所が出てくると、その記憶も呼び起こさせられる。
久々に、下北沢へ行きたくなってきた。

閑話休題、平山さんのコレクションのごく一部が、劇中の車内での音楽としてかかるのだが、音楽が本当にお好きなんだろうなと思えるラインナップだった。
以下、記憶に残ったものを記載。(敬称略)

朝日のあたる家/アニマルズ
ドック・オブ・ザ・ベイ/オーティス・レディング
青い魚/金延幸子
サニー・アフターヌーン/キンクス
パーフェクト・デイ/ルー・リード
フィーリング・グッド/ニーナ・シモン

曲名思い出せずが、パティ・スミス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ヴァン・モリソン、などなど。
パンフレットを購入し、そこにはクレジットが記載されていたので、あとでゆっくりと確認したいと思う。

それぞれ、何となく前日の平山さんに起こった事や、その日の心理を表現している様でもあり興味深い。
特に、ニーナ・シモンのフィーリング・グッドは、平山さんの日常の一部を垣間見た事で感じた様々な感情を思い出させる内容で、バストアップ長回しで演じた役所広司さんの表情の演技もあいまって、複雑な感情の涙が溢れてきた。
悲しい、嬉しい、そう言ったシンプルなものでは無く、喜びと悲しみが同居した、理屈では到底言い難い感情の涙と言うものがあるのだと、改めて気付かされる。

本当に素晴らしいシーンだった。


・休日
平山さんの休日も、仕事の日同様に規則的。
仕事の日にはつけない腕時計をつける。
コインランドリーで、数日分の洗濯をする。
文庫本が100円で売られている古書店へ行き、一冊だけ購入し店主の寸評を聞く。
フィルムを現像に出し、出来上がった写真を受け取り、その場で新しいフィルムをセットする。
お気に入りのママがいるおばんざい屋さん「イヴ」へ行き、ママの生歌を楽しむ。
など。

特にイヴでのシーンは素晴らしく、常連客と思しきカウンターの端に座っているのがあがた森魚さんで、彼の弾くギターを伴奏にママを演じる石川さゆりさんが「朝日のあたる家」の日本語バージョンで歌を披露するのだが、これが本当に素晴らしい。
是非、シングル盤としてリリースして欲しい。

古書店の店主の寸評が、非常に端的で、とても興味をそそるもので、平山さんが購入した本を私も読んでみたいと思えた。
パンフレットには、作中登場した3冊の本の解説もあり、いずれも未読作品なので、いずれ読んでみたい。

写真屋の店主を、柴田元幸さんが演じられており、彼が翻訳したポール・オースター氏著のオーギー・レンのクリスマスストーリーは映画「スモーク」の原作で、映画と合わせて楽しませていただいた。
オーギーは三脚を立てて、毎日同じ時刻に同じ場所を撮影する事を何年も続けていたが、平山さんは正確に時を合わせてこそいないものの、2度と同じ状態が無い木漏れ日の撮影を続けていて、共通するものを感じた。
写真屋を柴田元幸さんが演じていた事で、その2人の印象を強く結ぶ存在に思えた。
ちなみに、オーギーはキャノン、平山さんはオリンパスだった。


・献身的な仕事の姿勢
汚れた場所、必ず汚れてしまう場所を、献身的に清掃する姿には、本当に頭が下がる。
ありきたりな考え方だが、公共のトイレを綺麗に使おうと言う意識を強くした。
以前、登山口付近にあるお寺さんのトイレが登山客によって汚され、それを心苦しく思われた檀家さんの寄付で、綺麗で立派な新しいトイレを設置し、設置当初はデザインが優れていると言う事で表彰もされた事があったらしいが、やはり登山客により汚され、またその汚れた様子をインターネットで拡散する者も居たとかで、トイレの閉鎖・撤去を余儀なくされたと言うニュースを読んだ事がある。
お寺さんは、善意でお貸ししてくださっていて、実務外とも言える登山客が汚したトイレの清掃を、1日に何度も行っていたにも関わらず、その様な事に及んでしまった。
清掃員が綺麗にしてくださる事もさることながら、一人一人が綺麗に使うと言う意識で利用させて頂く事を心がける事が、何よりも大切なのだと思う。
映画鑑賞後に、劇場のお手洗いへ行くと、ポップコーンの空き容器がゴミ箱以外の場所に置いてあった。
持ち上げた際に裏も見たが、とくにマルバツゲームなどは書かれていなかったので、然るべき場所へ持って行った。


【飲み物】
朝一で飲む缶コーヒーボスのカフェオレ。
お昼休みに神社の境内で飲む牛乳。
浅草の地下街や、おばんざい屋さんイヴのチューハイ。
そして橋の下で飲む缶のハイボール。
など。

・カフェオレ
朝一でのカフェオレは、眠気覚ましのカフェイン摂取。
朝食をとっている様子はないので、乳製品がタンパク質を含むため栄養もあり、お腹も膨らむ。
また糖分も含まれており、脳への働きと満腹感も感じられる。
とても理にかなっている。


・浅草の地下街
仕事を終え、銭湯に行き、雨が降ってもカッパを来て自転車で向かう。
甲本雅裕さん演じる店主が、暖かく迎えてくれる。
何も注文しなくても、顔を見て自動的にお酒とおつまみが運ばれてくる。
平山さんは、それを快く思っている様で、黙って、少し微笑みながらやっている。
店内では、野球のテレビ中継が映し出されているが、それを見た酔客がテレビを消してしまう。
映し出されていたのは巨人対広島戦で、広島からFAで獲得した丸選手、トレードで獲得した中田翔選手がそれぞれ活躍しているシーンに、「勝利をお金で買うなんて!」と怒っていた。
そこへ店主がやってきて、「野球と宗教は自由」と言い、酔客をなだめていたのだが、これは新年に神社へ行き、教会で結婚式をあげ、お寺でお葬式を行ない、クリスマスやハロウィンも祝うと言う、とても日本的な考えがあるからなのかの知れない。

ところで、この浅草の地下街だが、私は未だ訪れた事がない。
最近、これは偶然なのだが、とある方とここの話で盛り上がり、焼きそばを食べに行きたいと考えていた矢先だったので、まさにそこが舞台となっておりとても驚いた。近く訪れたい。


・ハイボール缶
イヴへ行くつもりだったが、思わぬ出来事に遭遇した為引き返し、コンビニで角瓶のハイボール缶3本とロングピース、それに買い物袋を購入する。
それを橋の下で飲むのだが、選んだお酒が「角瓶」と言う点が面白い。
イヴのママは、石川さゆりさんが演じているのだが、角瓶のCMでも有名な楽曲「ウイスキーがお好きでしょ」は元々石川さゆりさんが歌っておられた。
近年では、様々な方々がカバーされておられるが、やはり石川さゆりさんの歌を連想してしまう。
もしイヴのママが、吉高由里子さんだったらトリス缶、新垣結衣さんならアサヒマルエフ、田中みな実さんだったらタコハイ、などと考えてみたが、もっとも彼女たちがママだったら平山さんは通っていないだろうとも思える。
ピースを吸ってむせるシーンや、影踏み鬼をやるシーンはとても可笑しい。
影と影が重なると濃くなるのかと言う疑問から、影踏み鬼が始まるのだが、物理的には濃くはならない。
しかし、同じであるはずが無いと平山さんは主張する。
物理の法則が全てと言う世界だけでは無く、人間の心が生み出す世界だってあるんだと言う意味だと感じた。
「この世界は本当は沢山の世界がある。繋がっている様で、繋がっていない。」と言う平山さんの言葉とも通じるものがある。


【総括】
繰り返しになるが、「この世界は本当は沢山の世界がある。繋がっている様で、繋がっていない。」に尽きる。
それは、沢山の本や歌の中の人物が、様々な生き方をしている事に日常的に触れている平山さんだから感じている事なのだと思う。
私も、音楽、本、そして映画から沢山の世界を教えてもらっていて、今作からも沢山の世界を知った。

そして、木漏れ日の様に2度と同じ瞬間が無い「今」を大切に生きていきたいと思う。

ラストの長回しは圧巻!
大感動の数分間。

これを撮ったヴィム・ヴェンダース監督はじめスタッフの皆様、そして何より主演の役所広司さんの表情、映画の素晴らしさが凝縮されている10で言うと10の、PERFECT MOVIE !!
Arata

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