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PERFECT DAYSのmidoredのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
3.0
♨️ニクロが金を出した映画ときいて、どうせいつもの新自由主義プロパガンダだろうと、ゴツゴツの色眼鏡かけて戦闘態勢でシートに陣取ったのですが、画面いっぱいに迫りくるトンチキJAPANと可愛いファンタジックおじさんにずっこけました。なんですかこれは。

冒頭から役所広司が部屋の中で盆栽コレクションにスプレーしていて笑いました。畳にカビが生えそう。

役所広司が掃除するのも取ってつけたような現代アート・トイレで、いかにも外国人受けしそうで、なんとなく国が東京五輪に合わせて作りまくった現代建築群に通じる空々しさがあるなと思って見ていたら、実際五輪開催に合わせて♨️ニクロ社長の次男氏主導で企画された公共アート・トイレだったようです。

この映画もその企画の一環なので、つまりこれはトイレの超豪華プロモーションムービーなのでしょう。トイレの広告にヴィム・ヴェンダース監督を雇える財力には恐れ入ります。

作中で役所広司がやっている清掃の手順も制服も、全部本物だそうです。便器を乾拭きするのもルーティンの乾式清掃法で、月に一回トイレ検査員なる人物がチェックして衛生管理をしているとのこと。

つまり「トイレ清掃員ふぜい」みたいな空気感で描かれていながら実際はアートプロジェクトの最前線にいる「そこらの清掃員とは違うプロフェッショナル」なのですね。清貧どころの話ではありません。

貧富の差が拡大し、無料の弁当をもらうために若い母親までが行列に並ぶ社会で、都会の公衆トイレだけピカピカにして外国人旅行者を「おもてなし」することに虚しさを感じないのかと庶民としては思ってしまいます。いかにも自由と自己責任の名の元で弱者を透明化し、富裕層だけで閉鎖した世界です。

この作品の主人公にしても、実は裕福な家柄出身で高い教育も受けていて、なんだかんだで実家との縁も切れてないので、いざとなったらあの可愛い姪を通じて実家に連絡がいって大病院の個室かなんかに入れるのかと思うと、好きでトイレ掃除をしている変種の富裕層にしか見えません。住民税で血管切れそうになっていた『みぽりん』のおばさんとはえらい違いです。

清貧する自由をお綺麗に描いているという意味では新自由主義プロパガンダ映画なのに、本物の社会的弱者視点で描かれつつ自由の美しさを歌う『ノマドランド』と比べると、視点が富裕層にあるので浮世離れしており誘導の力は限りなく弱いように思います。

むしろ見てからしばらくは壁にゆれる木陰やら何やらをみてこの映画を思い出しましたし、昼と夜の夢が循環し続けるリズムにはどこか心慰められました。古本屋に通って本を読み、身近な人々に優しくできる生活なども普通に良いなと思えます。トンチキJAPANとはいえ、日本文化への敬意のようなものも感じましたし。こじんまりと閉鎖したアート世界ですね。

ヴィム・ヴェンダース監督が妄想する「架空の国JAPAN」でZENのスピリットを生きる清貧おじさんファンタジー、それがこの映画の全てだろうと思います。銭湯もカセットテープも昔ながらの古本屋も昭和アパートも、時代の流れによって消えつつある風景であって、そこに生活としてのリアリティはありません。

『清貧の思想』がベストセラーになったバブル期の金持ち日本だったら絶賛されたかもしれませんけれど、今の日本人にとってはショーウィンドウに展示されたプラスチック製の餅みたいな映画です。

これと合わせて♨️ニクロの潜入ルポなど読むと味わい深さが倍増するかと思います。
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