Wacky55

哀れなるものたちのWacky55のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.7
2024年 8本目

1992年に発表された同名小説を2023年に映画化(日本: 2024年1月公開)されたSFロマンス映画。監督は女王陛下のお気に入りで監督を務めた、ヨルゴス ランティモス、主演はエマストーン、女王陛下のお気に入り以来の再タッグとなった。

すでに本作は数々の受賞を獲得しており、去年のヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞、今年のゴールデングローブ賞では主要2部門受賞を果たしている。そして今年度の96回アカデミー賞では11部門にノミネート

あらすじ:
時代はヴィクトリア朝、外科医で研究者であるゴッドウィン バクスターは、橋から投身自殺を図った若き妊婦を、生存していた胎児の脳を移植させ奇跡的に蘇生させ、ゴッドはその女性をベラと名付けた。身体は大人ではあるが、中身は幼児でやんちゃであったベラではあったが、ゴッドやマックスらによって地道味に語彙や感情などを覚えていき、次第に外の世界を実際の目で見てみたいという欲望を持ち始め、たまたまマックスとの結婚の契約のためにやって来た弁護士のダンカンの誘惑によって、冒大なヨーロッパの横断の旅へと出る。そして旅中で様々な人々との出会いによって、文化、読書、哲学、セクシュアリティ、社会主義、医療などを学んでいき、そして知的な大人な女性へと成長を遂げていく。

総合評価: 4.7
一言で表すと、非常に興味深く非常に難しい、だけどそこが面白い。
表面的には性と社会主義、そして成長物語ではあるものの、内容や描写を掘り下げていけば、例えば、人間とは何か? この視点で作品を見ると、かなり繊細であり非常に深いように感じました。そのため、個人的には何回か見なければ、この作品の本当の魅力というのが見つからないのではないかと思っています。それぐらいかなりディープな作品だなと個人的には思いました。

演出/脚本等: 4.6
ストーリーの構造や流れは非常に王道、冒険や経験を通しての成長物語ではあるものの、男女差別や貧富格差に対する社会的平等もしくはフェミニズムの背景、エロティカ要素、解剖や手術などのグロテスクさとカオスな描写を取りいれたりと、個人的にもあまり体験したことのない独特で奇妙な物語の世界観に圧倒されてしまいました。

興味深かった所に関しては、まず物語の序盤(幼児児の頃)からベラはもうすでに知的もしくは知性な女性なのではないかということです。皿を割ったりマックスを殴ったりと一見かなりやんちゃな仕草に見えますが、実は彼女なりの探究心(彼女の視点からすれば実験)なのではないかと見ていて感じました。どうして皿は割れるのか? 殴ったらどう反応するのか?   そのうえ性交も彼女なりの探究心の一つなのではないかと思います。こうした探究心がやがて外の世界を見て学びたいという欲望を生み始め、後に医学の道へと進んでいくきっかけ(ストーリーの視点からすればフラグ)にもなったのではないかとも思いましたし、すでに彼女の冒険はここから始まっていたのではないのかなとも思いました。

そして旅中での様々な人々たちと出会った際でも、拒むことはせずむしろ物事や人々もしくは世間の価値を学び、そして冷静に見ていくこのベラの姿勢も非常に魅力的でありプラス彼女が知的であるという一つの証明なのではないかとも感じました。

他にもなぜ本作は魚に焦点を当てた場面がいくつもあったのかというのも非常に興味深かったです。キリスト教またはキリスト教徒のシンボルは魚のマークであったと言われ、マークの中にはイクトゥスと書かれており、ギリシャ語でイエス キリスト、神の子、救世主と意味している。そのため、本作で登場する魚の場面や魚眼レンズは、 “神はいつも見ている”というふうに個人的には何となく見てとれましたし、他にもゴッドウィンの存在や旅のルート地でもあったリスボン、アレクサンドリア、パリにもかなり関連しているのではないのかなと解釈しました。

演出に関しては、かなりの独特さ。例えば、メトロポリス、フランケンシュタインやアンダルシアの犬といったモノクロ作品を、オマージュという形で場面に取り入れたところは、非常にアーティスティックでもありながら、かなりディープさもある描写だなとも思いました。

演技: 4.7
まず、幼児期な動きからはじまりそして凛とした女性へと変貌するこの成長過程を見事に演じきったエマストーンの超絶演技は高く評価すべしでしょう。 そのうえ、かなり体当たりの演技をしている部分でも、エマがこの作品にかける想いというのが非常にひしひしと伝わるほど、相当なインパクトを受けました。他にも脇を固めたウィレムデフォーやマークラファロの演技もお見事。特にマークラファロの存在は非常に大きかったと思います。放蕩者ではあったが、結局ベラに色々と振り回され痛い目に遭ってしまうダンカン。ベラの対局的な立場であるこのダンカンの存在がなければ、コメディ要素も感じられず、ちょっと重々しい作品になっていてもおかしくはなかったと思います。マークラファロにしかできない癖のある演技が、この作品のユーモアさとほっこりとした雰囲気さを作り上げたのではないのかなと個人的に思いました。

カメラワーク等/アングル等: 4.8
芸術的でもあり、そしてかなり特徴的なカメラワーク。まず現代のレンズを使用せずに、クラシックレンズ(19世紀に開発されたペッツバール型レンズ)を使用したのは非常に興味深い。クラシックレンズによる映像の歪みが物語のミステリアスさを見事に表現されている。そしてローアングル、広角レンズ、独特なzoom shot、魚眼アングルが我々視聴者に本作のミステリアスさだけでなくとファンタジーな世界観を引き込ませるほど大きな役割を果たしている。しかしこれらのカメラワークの使い方にも掘り下げれば、何かしら深い意味があるとも感じ取れると思いました。特に魚眼アングルに関しては、本当にアーティスティックで視聴者の視点で物語の世界観を楽しめるために使用したものなのか? 本作には映っていない第3者の視点という形で使用したのか? それともベラの成長する様子をそっと見守る神様の視点なのか? かなり興味深いカメラアングルだなと感じました。

またlightingに関しても、ショットごとによるライティングではなく、自然光のように常に一定方向から差し込むような安定したライティングを取り入れた所も非常に面白く、ベラの冒険心とファンタジーな描写を見事にサポートしているなと感じました。

編集等: 4.7
まずカラー&モノクロを使用したところが非常に面白い。序盤でのモノクロ使用に関しては、家に閉じ込められていたということもあり外の寛大な広さと明るい自然光を実際に目にしなかったために、ベラが持つ世界観が狭いということそして彼女の心と身体の不完全さを表現しているのではないのかなと個人的に思いました。そして物語中盤での旅の場面から、地中海のような青を基調としたカラーリングへと変更し、ここでベラが、世界が広いということを実際に目に触れると同時に歓びやエキサイトといった新しい感情を生み始め、そして徐々に一人の魅力的な女性へと成り立っていく、そうした彼女の心情や成長プロセスをカラーが表しているのではないかと思いました。

そして音楽が非常に印象的。音楽を担当したジャースキンフェンドリックスは、今作が初の映画音楽。不気味な弦楽器、木管楽器そしてシンセサイザーによる不協和音が特徴的な毒のある音楽が、奇妙な物語の世界観を見事にサポートし、そのうえ、明るいカラーリング映像とのコンビネーションは、非常にアーティスティックでありながら、新しい形のcounterpoint techniqueでもあるなとも思いました。

End creditも凄かったですね。絵をセンターにキャストやスタッフ陣の名前を縁線のような形と並びで載せるという、これもまた非常にアーティスティックで面白かった。

美術/衣装等: 4.7
まずベラの衣装がですよね。リスボンで水色のヴィクトリアン風のジャケットにイエローのミニボトム、そして白いショートブーツは何か彼女の好奇心さや冒険心さをマイルドな形で表現しているのかなと見てとれましたし、知的な女性へと成長する際のファッションも肩が膨らんだ袖のコートにハイソックスとブーツは若々しさと学生らしさ、そして黄色のラテックスのロング丈のケープでは大人な女性というような形で表現されているのかなと見ていて思いました。

そして美術セットも圧巻と言っていいでしょう。リスボンやパリなどの街並みや船内などを現地ではなく、壮大で華麗なセット、3D映像などの最新技術やミニチュア模型で撮影したのは非常に正解だと思います。そうすることによってリアルではなくベラが見て感じるこの街の世界観として表現されるからです。最新と古くからの手法を組み合わせて撮影を行ったことは非常に高評価すべきでしょう。

他にもメイクに関しても、ウィレムデフォーのゴッドの特殊メイクもそうですし、ベラの長い美しき漆黒ヘアと太く力強い眉も非常に印象的でした。



ご精読ありがとうございました。

※追記可能性あり
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