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イカとクジラのnetfilmsのレビュー・感想・評価

イカとクジラ(2005年製作の映画)
4.3
 テニスコートのネットで仕切られたダブルス・コンビ、父と兄はパパ組で母と弟はママ組となり、テニス・ゲームに興じていた。父親バーナード・バークマン(ジェフ・ダニエルズ)と母ジョーン(ローラ・リニー)の大人気ないやりとり、癇癪を起こし、叩きつけられる父のラケット、息子たちは空気を察してかあまり言葉を発さない。気まずい帰りの車中、後部座席から兄弟は、ジェスチャーでやりとりする前列の両親の絶望的な姿に諦めの表情を浮かべていた。1986年、ブルックリン、パークスロープ。兄ウォルト(ジェシー・アイゼンバーグ)と弟フランク(オーウェン・クライン)は両親ともに作家というインテリの家庭に生まれ育った。ウォルトは父親を心から尊敬しているが、父はかつては人気作家として文壇の脚光を浴びたものの、現在は長くスランプ状態が続き、教職に就いて糊口を凌いでいた。一方の母ジョーンは『ニューヨーカー』誌での華々しいデビューを控えた新進作家で、両者の男女関係は完全に逆転していた。平和に見えた家族の肖像はある日を境に一変する。父親は新進気鋭の妻の才能を妬み、偏屈な夫にうんざりしていた母親は別の男の元へ走る。兄弟は必死に家族関係の修復を試みるが、すっかり冷え切った夫婦は関係を修復する気などない。

 17年婚姻関係を維持して来た両親の離婚危機、公園の反対側に別宅を設ける父親、自らの恋愛遍歴を隠そうともしない母親の抑圧に置かれた兄弟の行方。地下鉄で5駅先に邸宅を設けた父親は共同親権を謳い、兄と弟は母親の家と父親の家を何度も行ったり来たりする。冒頭のテニス・ゲームでネットに仕切られた関係性のように、弟は母親を慕い、兄は父親を慕うのだが、やがてその2人の屈折した感情と裏腹な本心が露わになる。年頃の兄に訪れた束の間の淡いロマンス、父親を巻き込んでのリリー(アンナ・パキン)との屈折した三角関係、Pink Floydの『Hey You』を悪びれる様子もなくパクって見せた兄の病巣、図書館の本棚に擦り付けたフランクの自慰行為と精液。デヴィッド・リンチの1986年作『ブルーベルベット』のイザベラ・ロッセリーニにそっくりなソフィー(ヘイリー・ファイファー)の眼差し。手持ちカメラと固定を行き来する絶妙なフレームワークと即興性に溢れた役者の演技、絶妙なタイミングで鳴り響くLou Reedの『Street Hassle』やTangerine Dreamの『Love on a Real Train』、The Carsの『Drive』のメロディ。逃げた猫を追った父親が最後に放つのは、『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンドの言葉に他ならない。ウェス・アンダーソンの2004年作『ライフ・アクアティック』の共同脚本を手掛けたノア・バームバックの長編処女作は、並外れた初期衝動と瑞々しい感覚に溢れ、何度観ても新たな発見がある。
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