主人公の女性の傷の回復具合とかどうでもよい。
どんな格好をしていようが、どんな体型をしていようが、どんなに身体をくっつけていようが、明確な拒否を否認して行われるSEXは、レイプである。そしてそれを黙認したもの、追認した者もレイプ犯である。
女性の主体性の否定であるミソジニー。
不死鳥のごとく蘇った者が、そのミソジニーとレイプ犯に苦痛の末の死を与える。絶対的な主体性の行使として、死を与えるのだ。
血痕からの追跡や、アリの描写、ビール缶に描かれる模様が象徴する意味などが、女性側へと反転するのもよかった。
池田敏春の『人魚伝説』を思い出した。