のわ

グリーンブックののわのレビュー・感想・評価

グリーンブック(2018年製作の映画)
5.0
金品目的の窃盗犯は彼の引く旋律も記す詩の一行だって盗めやしない。


差別と戦うために差別の激しい南部へのコンサートへ向かう。ふたりのロードムービーは黒人のためのガイドブック「グリーンブック」を頼りにホテルを通過点としてコンサートを続けていく。

言葉とは発する側より受け取る側の責任が大きい、社会の標準言語とはマジョリティー男性を前提に作られている。だからこそ、自分の経験を聞き届けてもらえるという構造を特権として持つ彼らはには、そういう回路を持たない他の人々の声は届きにくい。文化も同様、一度型みたいなものが形成されてしまえばそれを取っ払うのは形成することよりも難易度が高く、人々の共通認識として根強く残る「差別」を取り払うのはもちろん容易なことではない。コンサートに来る人々は「黒人の音楽に興味を示す先進的な白人」という差別的な目に気づいておらず、もはや悪意すらも底にはないのかもしれない。そして、その目に気づいているのは当事者ドン・シャーリーのみ。演奏中の彼から悲壮感が感じられるのはそのような要因が大きい。

 本作でぼくが好きなのはドン・シャーリーがトニーの妻への手紙を手伝うシーン。最初はドン・シャーリーの冗談が通じず、会話すら難儀していたふたりが対話を通して美しい恋文を完成させる。ふたりの友情はそのような共同作業や認識を照らし合わせながら芽生えていくことになった。

差別を扱う作品は少なくない。ぼくが愛しているバリージェンキンス監督「ムーンライト」は黒人であり同性愛者であるマイノリティーの奥深くジェンダーマイノリティーを扱った作品だ。本作にも「ムーンライト」に似た香りを感じるのはドン・シャーリーが「黒人でも白人でもない私はなんだ」と叫ぶシーン、今まで圧し殺してきた感情を表出させ、息ができないほどぼくが苦しくなるのは、差別への畏怖ではなくぼく自身彼への哀れみと「仕方ない」と文化への抵抗を諦めたぼく自身の身勝手さを本作と「ムーンライト」で思ってしまったからだと思う。ドン・シャーリーが諦めていないのに、見ているだけのぼくの心が悲鳴を上げてしまうのは情けないことだが、ドン・シャーリーならそれを尊厳と呼ぶんだと思う。
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