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キャンディマンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

キャンディマン(2021年製作の映画)
4.0
 いや~これは参った。劇場を出た後もトラウマが脳裏にこびりついてずっと離れない。しかしそれはホラー映画的な「怖さ」ではなく、アメリカ社会ひいては黒人を大陸に奴隷として半ば強引に連れて来た全ての国家が宿命的に内包する「怖さ」に違いなく、そこに今作の新たな視座もあると言っていい。骨子はホラーの体裁を取っているが断じてホラーではない。映画は「こっくりさん」のようなどこにでもある都市伝説的な伝承物語のスタイルを取るものの、その先が極めてユニークなのだ。製作側は白人観客を想定してあのようなティーン横並びの予告編を作っただろうが、骨子になるのは白人の物語ではなく、黒人の物語である。SpotifyでSUN RAとKendrick Lamarをシャッフルして聴きそうなミレニアル世代の黒人たちが禍々しき70年代と現代とを奇妙なデジャブで往来する。心なしかシカゴの建築を切り取った構図も絶品で、特に貧困層の巣窟となるマンションのフォルムの切り取り方が極めて現代的で、空が反転してティルト・ダウンする様はこの街の黒人たちが置かれた袋小路のような世界を想起させる。

 キャスリン・ビグローの『デトロイト』でも見られたように、黒人たちの目にある種の恐怖と怯えを感じさせるのは辺りを走る白人警官に違いない。彼らは皮肉にもこの地の治安を守っているようでいて、黒人たちを酷く怯えさせる。そしてそれとほぼ並列に(この並列にというのが今作の隠された肝と言えるのだが)、具現化しづらい怯えを手繰り寄せるように引き出すのは、壁の中のぼんやりとした真っ黒な生命体であり、彼らの怨念を宿した鏡なのである。絶妙にオシャレな構図とPOPで色彩豊かな映像美の中で、心底異色なのは光と影を形作るような不気味な影絵であり、70年代の回想場面など当時の状況をある程度再現するのは容易なのにも関わらず、あえて影絵で切り取られたチープな寸劇は作品の物悲しさに拍車を掛ける。

 スランプに陥った主人公は、古来から伝わる都市伝説に触れたことで才気を取り戻すのだが、皮肉にも徐々に正気を失って行く。まさに彼の道程こそが悪夢のようなぬかるみの道であるという点では『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』との大いなる類似点も見えるのだが、こちらの方が落下のスピードが幾らか性急に進行する。「ヘレン・ライル」の緩やかな記号的な改変は黒人キャストの前景化に大いに貢献し、貧民街を大きな窓枠で開け放たれたコンドミニアムにも巧みにイミテーションする。だがこの地に残された暗い歴史を誰も書き換えることなど出来はしない。

 どこかケチを付けるところがあるとすれば、日本版予告編でも観られたハイスクールのトイレの場面の物語上の配置だろうか。あれは素直に冒頭に持って来るべきだったと思うが、心底不快な蜂の羽音や全面鏡張りの落ち着きのないエレベーター。緊張感漂うギャラリーのネオンライトやJoy Divisionの『Unknown Pleasures』のTシャツを着たパンクス女性の配置など細部が絶妙なバランスで彩られている。一番驚いたのは、美術史家の煌々と明かりの付いた部屋に寄るのではなく、あえて引きの絵で「見せない」恐怖を醸成した点にある。我々はこの目でその恐怖をはっきり見ようとするが、決定的な場面は鏡像を介してでしかほとんど観ることが叶わない。ニア・ダコスタのこの鏡像への神経症的な拘泥こそが、あえて黒人だけではなく、深層心理の中にある人間の加害や被害感情、ひいては「Black Lives Matter」をも炙り出す。ラスト・シーンの直視出来ない悲哀こそは、多くの現代ホラーに欠落するイメージをくっきりと浮かび上がらせる。ビジュアルは斬新だがどこか20世紀のホラー的な余韻を醸す。それは肉体的な死をも超越した空っぽの物体であり、虚無だ。その瞬間、まさに今日的な優れた映画の姿がここに生まれる。
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