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エルピス—希望、あるいは災い—のgcpのレビュー・感想・評価

5.0
組織に辟易してる30代女性だからなのか、あるあるあるある!!過ぎてだんだん具合悪くなる程だった。このドラマが最高なのは大前提として、1番気になるのは、大門のような政治家や組織の上層部(国会の最中に平気で居眠りぶっこくオジサン含む)、自分が起こしていることになんの責任も感じない彼らが、このドラマを観たらどう思うのかってところ。大門亨の告白や浅川の叫びに何を感じるのだろうってまだ期待しているのかな。会社員時代にやたら「普通に考えて」「人として」という台詞が多くなってしまっていたのは、「ただただ正しいことがしてえな」ていう浅川や岸本とまったく同じ気持ちだったなって私は号泣してしまったのだけれど。現実は馬鹿やってないと生きていけないのです。馬鹿は最高の褒め言葉で、ナチュラル馬鹿は最強の武器で、馬鹿になるしかないは自傷行為です。どちらにせよこの世は地獄。

ただ、私が救われたのは、浅川の言う「善玉と悪玉」という解釈で、それを同じく30代から気になりまくる腸内細菌とからめてきたのは、本当うっまい脚本ダナーと感動と同時に秒で理解!と腹落ちできる理由。その善玉にも悪玉にもなり得る不安定な役柄を演じていた、フライデーボンボンの名越、ニュース8の滝川、刑事の平川の3名は、描かれていない彼らの過去を想像できるような、ある意味いま置かれている立場に必死にしがみつく=闘っているキャラでドラマにリアリティーと説得力を与えていたのが良かった。
だからこそ前述の大門たちは、200%悪玉でしかない奴らじゃないか!とラストの浅川の台詞に理解がおいつかず、置いてきぼりをくらったかんじがした。でも私個人会社を辞めたあたり、正しいことをするのを諦めて夢にむかったのだなと客観視する。

それでも今できることが2つあって、ひとつは「んあ〜いやでもなんかまあ、そうらしいよ」的なことは言わない。これは同期滝川の台詞で、自分もものすごく乱用している気がして中々グサッときた。岸本友人や秘書の死だって、こういった罪なき言葉が発端だったかもしれない、というかこの言葉の集合体によって殺されたに等しい、というのを彷彿させる自然でグロテスクなシーンだった。ふたつめは、どんな立場になっても応援したい人に君いいね!って本人に伝える。松尾スズキ演じる桂木が突然岸本にくれたエールの既視感。(にしても1話ちょい役の彼をここにもってくる破壊力がニクイ)そうだ、もうなんもかんも諦めた頃に、唐突なエールによって救われた経験あるのだ、生きていたら何回か。突然すぎて、あんた誰?て思う時とかもあるけど、妙なタイミングだったりするから、あの岸本を見て、今本人に伝えることで救える魂があんだなって正に希望のシーンだった。卑屈中年でもできることとして心得ます。
そうだ、希望といえばやっぱり最終回の浅川は良かった。よく考えたら浅川ですら立派な悪玉になりつつあった時期がある、フライデーボンボンで後輩へのセクハラを傍観していたのだってそうだし、タクシーで岸本に対して「自分は組織を守る人間、おまえは所詮坊ちゃん」と言い放ったのは事実だとしても言ってることは斉藤氏とおんなじ。絶対無敵の主役でない浅川がよかった。浅川がわるい時は岸本がひっぱって、岸本がわるい時は浅川がひっぱって、そこには値段とか愛情とか関係ない、ただただ空腹に染みるうまい飯がある。それが腸内環境のみならず、人間の生理現象として描かれていて良かったんだ。組織に安心している人も組織を抜ける人も、基準は目の前の人を信頼できているか、なのだと、それこそ人間の生理現象として必要最低限の当たり前なことのはずなのに、解らなくさせるこの世の中で、思い出させてくれたのが、一番の、救い。ありがとう!
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