ヨーク

No.10のヨークのレビュー・感想・評価

No.10(2021年製作の映画)
3.6
先に観た人からはことごとく「何かよく分からん変な映画だった」という評判が流れてきていて、そんなに? と思って気になっていた本作『No.10』なのですが実際に観てみたら、あぁ確かにこれは「何かよく分からん変な映画だった」という外ないよなぁという作品でしたね。面白かつまらないかはひとまず脇に置いとくとしても、とりあえず変な映画観た! という満足感はあったのでそれだけでも満足感のある映画ではないだろうかと思う。面白くなきゃダメ! そうじゃないならチケット代返せ! コノヤロー! という人にはあまり向かない映画かもしれない。
そういう感じの映画なのでね、なんというか感想文も書きにくい。個人的には中盤から後半への展開で、えぇぇ~~、と脱力しながらもそのあまりにも予測不能で唐突な舵の切り方に、おぉぉ~~、と感心してしまったところもあるのでなるべくならばネタバレなしで語りたいし、どうか皆々様方にもネタバレなしで観ていただきたい。でもそうなるとだね、本作の感想をネタバレなしで書くとなるとだね、いやこれぶっちゃけ何も書くことないよ! ってなってしまうんですよ。問題の部分以外に何か特別凄いところがあったかというと、いやそれはう~~ん…となってしまう映画なんですよね。
しかしまぁサラッとあらすじの説明くらいはしておくか…。本作はオランダとベルギーの合作映画とのことだが、そこから連想されるようないわゆるヨーロッパ映画的な感じでお話は始まる。なんか高校生くらい? の娘がいたから多分40歳は過ぎているだろうと思われる中年のおじさん。そのおじさんは幼少期の記憶がなくて何でも森に捨てられていたのを拾われた孤児だったらしい。だがそんなおじさんも立派に成長して今では舞台役者として娘を育ているのである。さてそんなおじさんにはある秘密があったのだがそれというのは現在出演中の舞台監督の嫁であり女優と不倫関係にあるということ。ははぁ、やっとお話が見えてきたなという感じだがご察しの通りに映画の前半はその不倫を巡る人間関係が描かれて元孤児のおじさんどうなる…というお話ですね。
上でも書いたがヨーロッパ映画でよくありそうなあらすじであろう。ミニマムな人間関係の中で主役のおじさんと彼の周囲の人生を描いた映画って感じでまぁ大体どこのミニシアターでも常に一本は上映されてそうな感じの映画である。特に本作は主人公のおじさんが舞台役者で演劇というモチーフもあるってのがなおのことそれっぽい。でも散々書いてるようにそのようなヨーロッパ映画にありがちな地味なヒューマンドラマという体は中盤までで、それ以降はもう、は? となるような展開になるのである。
多くの人がそうであっただろうが、俺も途中からはなんなんだこれは!? と思いながら観ていたわけだがどことなく既視感のようなものはあった。可能な限りネタバレに配慮して書くと、それは映画的な山も谷もないままに淡々と現実を超現実が塗り替えていくという感じで、他の映画作品でいうならば松本人志の『大日本人』とかに近いような、シュールなんだけどそのシュールさをエンタメ的に仕上げはせずに現実から地続きのものとして描いているという映画だったと思うんですよね。少なくとも俺はそういう印象を持ったな。あとはシャマラン作品的な、明らかに異様なことが起きているのに嘘の作り話としての盛り上がりは抑制されていて、それが良くも悪くも変で唯一無二な味わいになっている作品という感じ。シャマランはその辺意図的に上手く仕上げてくるけど、本作はその辺が粗い松本人志作品を丁寧に撮ったらこうなりますという映画だなぁという印象でしたね。そんな人がいるのかどうか分からないが『大日本人』に心囚われた人には必見であろう。
うん、これ以上は言えないな。これ以上のことを書こうと思うとどうしてもネタバレ有りになってしまう。ラスト30分くらいの(なんか凄いことになったな…)感は中々説明しがたいものである。でもまぁ現実でも嘘みたいなことは起こるし、それがいつどんな形でやってくるのかなんてことは誰にも分からないわけだから、そういう意味ではこの世界のへんてこりんさを描いたリアルな映画ではあるんですよ。すでに書いたように本作の重要なモチーフの一つとして演劇というものがあるが、劇中でとても印象深く描かれる劇中劇のシーンの中に主人公が舞台上でドアを何度も潜り抜けていく、というものがある。これは非常に象徴的だよね。ドアというものは内と外を繋ぐものなので、そこを越えるということはある種の異界への越境なわけですよ。しかも本作でモチーフとなっているのは映画ではなく演劇。舞台劇というのは映画と同じように嘘なんだけど映画と違って客の目の前で生身の人間が演じる。この嘘なんだけど本当というのが演劇の面白いところで、そういう状況で主人公はどんどんドアを越えていくというわけなんですよ。それはラストシーンにも直接つながっていると思うんだけど、あの意味不明に思えるラストシーンもある種の扉を越えてその外側(あるいは内側)へと向かっているのだと思えば何となく分かるかな…いややっぱ分かんないかも…という感じにはなるのではないでしょうか。
まぁつらつら感想を書きながらも、よく分かんねー映画だな、というところに落ち着いてしまう部分はあるのだが、前半と後半の余りにもトーンの違う感じとかは一粒で二度美味しいじゃないけど何か二本分の映画を観たような気持にもなってお得な感じもしましたよ。まぁ面白いかつまんないかはともかくビックリする映画だとは思うので興味ある人は観ればいいと思います。俺は結構好きだった。
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