ヨーク

ペトルーニャに祝福をのヨークのレビュー・感想・評価

ペトルーニャに祝福を(2019年製作の映画)
3.9
この『ペトルーニャに祝福を』は確か日本では3年くらい前に公開された映画だったと思うのだが、当時も観ようと思っていたのに観逃してしまってそれっきりになっていたので今回観ることができてよかったです。あと俺の最寄で本作を上映していた劇場は今は亡き岩波ホールだったので、あぁ岩波ホールってこういう感じの映画を上映してくれていたなー、としみじみと思い出しながら観てもいました。なんかそういう感じでも感慨深い映画でしたね。
んで映画そのものはどうだったのかというと面白かったです。おそらく非常に低予算な作品だと思うけどテーマといい演出といいセリフの一つ一つといいよく出来ていて面白い映画でしたね。丁寧に作られているなぁという印象の映画で予算や突飛なアイデアとかはなくてもちゃんと面白く、そして骨太なメッセージのある映画を撮ることはできるのだというのがよく分かる作品でした。
お話自体は至ってシンプルなもので、器量も良いとは言えずに体型も太めで無職で恋人もいないアラサーの女性主人公であるペトルーニャは新しく臨んだ仕事の面接でもセクハラまがいの対応をされた上に不採用。笑っちゃうくらいに人生が何一つ上手くいかずにフラフラしている彼女はふと通りかかった女人禁制の宗教行事に遭遇する。それは川に投げ込まれた幸福の十字架を取り合って手にしたものが栄光を手にするという行事なのだが、女人禁制のそのイベントでペトルーニャが十字架を手にしてしまうのである。その結果に対し伝統的に反するとして行事に参加していた他の男たちはブチギレて、ペトルーニャに十字架の返還を要求するがペトルーニャはそれを固辞し自宅へと持ち帰ってしまう。その騒動は教会や地元警察を巻き込んで大きなものに…というお話です。
俺はおじさんなので本作を観ながら20年ほど前の太田房江大阪府知事の土俵入りの可否を巡る騒動を思い出していたのだが、きっと太田房江が本作を観たら喝采を送るのではないだろうかと思う。ま、大した合理的な理由もなく単に男性中心の社会が続いていたからというそれだけの名残で女人禁制の催し物になっていた宗教イベントに空気を読めないほど追い詰められていた女が闖入して男たちのお遊びを台無しにしてしまう、ということですな。その辺は割とシリアス目に描かれているのだがその一方でユーモアとアイロニーにも溢れた映画なのであまり陰鬱で重々しいという印象はなかった。そこがとてもいい映画でしたね。
例えば中盤以降の舞台は地元の警察署に移るのだが、ペトルーニャは伝統的な祭りに飛び入り参加しただけで特に犯罪を犯したわけではないから本来警察には彼女を拘束する権利などはないのだが、それでも高圧的な態度で彼女を警察署に連れて行きあの手この手で十字架を返還するように迫るわけですよ。でもそんなの一向に意に介さないペトルーニャの姿は権力や既存の価値観に屈しない強さがあり素敵。そして地元の司祭だったか役職名は忘れたけど、そのそれなりな地位にいる教区の責任者とのぶっちゃけた会話も面白い。男じゃなきゃいけないことに大した理由はないけどそういうことになってるから納得してくれよ、イヤよ、そうだよなぁ、と肝心の教会側はそれくらいの温度なのである。もちろん騒ぎを聞きつけた教会の上層部は何やってんだ! とおかんむりなようなのだが、地元の責任者はぶっちゃけどっちでも良さそうな態度である。その辺のすっとぼけた感じは現実でやられるとアレなのだが映画としては面白かった。
ま、そのようにもちろん本作で描かれる警察組織も教会も間の抜けた感じに描かれながらも現実的に考えればロクなもんではないのだが、しかしそれ以上に全く笑えないのはその行事に参加していた地元の男たちであった。これがもう思考を放棄した度し難い群衆として描かれているのだが、実際人権とか平等とかというものを最も大事にしなければいけないはずの立場の弱い庶民共が自らそれを投げ捨てていくというのはかなり強烈なブラックジョークでちょっとそれは笑えない(愚かすぎて)かな…という気持ちにもなってしまうのである。ま、警察や教会にも社会に対するタテマエがなければ暴力を行使してでもペトルーニャの十字架を奪おうとしたのかもしれないが…。そういう意味では作中では直接的にペトルーニャの役に立ったわけではないけどメディアというものが存在する意義も描かれているのである。
最初に書いたように映画の大半は室内で進行するような極めて低予算な映画ではあると思うが、その辺かなりちゃんとした批評眼を持って作られている作品なのだと思いますね。終盤割とシリアスな方向性になっていったので胸糞悪い結末になるのも想定しながら観ていたがめちゃくちゃ爽やかな幕引きでびっくりでした。まぁ爽やかな気分だったのは主人公だけかもしれないが…、あの終わり方はとても好きですね。
何のためにあの十字架はあったのか、それはどういう人にとって必要だったのか、それがスッと入ってくる良いラストでしたね。面白かったです。
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