新木

PERFECT DAYSの新木のネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

「人生の喜怒哀楽をトイレ清掃員という視点から描ききったヴィム・ヴェンダース監督と役所広司最高!」と鑑賞直後は思っていたのですが、パンフレット見たりなんだか時間が過ぎていくうちに一概にそうも思えなくなってきまして。いまは非常に残酷な映画だと思っております。

観たときからすこし開いてしまったので、記憶が勝手に補正されている可能性があることはご了承いただきたいが、本作の役所さん演じる平山さんの暮らしに憧れますか。平山さん自身もいまの生活に満足しているのでしょうか。僕が感じた平山さんの奥底は、ラストの役所さんのこれぞ俳優といった表情の移ろいの見事さに隠れてしまった感が否めないのですが、久しぶりに会わざるを得なかった妹に言われた「ほんとにトイレ掃除やってるの?」的なひと言を言われたときに泣いた平山さんでした。彼がいまの環境に惨めさを感じているように見えたのです。

なぜふだんの平山さんにはその感がないのか。そこに考えが行かないように思考停止させているのが、完璧と言ってもよい日常のルーティンなのです。
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目覚ましは早朝におばさんが道路の掃き掃除。布団をたたんで植物に水をやって歯を磨き電源繋ぎながらのシェーバーで髭剃っては(このタイプてだけで長持ちしてるのわかる)口髭はすこしお手入れ。制服を着て、首には白いタオル。並べられた時計とカメラと鍵と小銭を取り出かける。外に出たら空を見上げる。古びた自販機で買うのは決まってBOSSのカフェラテ。ダイハツの青いボックスカーにはカスタマイズされて掃除道具が整理された棚。運転席の上部にはカセットテープ。仕事を午後過ぎくらいに終えると、自転車で開店したての銭湯へ。誰もいないのを見計らってお湯に鼻下までつけるのが唯一の悪行。そのあとは浅草駅直結?の地下の大衆居酒屋でいつものを。夜は文庫を読みつつ寝落ちで終える。日曜には気になるママさんがいる居酒屋へ。
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これらを正確にきっかり守っているだけで、時間は埋まっていく。

平山さんが無口であるのはなぜなのか。それは平山さん自身も「トイレ清掃員」という仕事が社会的には下層に位置づけられる仕事だと感じているからではないのか。清掃中に女子高生から舌打ちではないが見下しているかのように舌を鳴らされ、隠れていた子どものお母さんからも感謝されることなく繋いでいたほうの手を除菌シートで拭かれる始末。ときにその目線は掃除する彼自身を汚らわしいものとしてさえ見ているようで。もの言わぬ存在でいることが社会的にも暗に求められ、それに従うことで出来上がったキャラクターなのではないのか。現に部下?のタカシがいきなり辞めたときに、平山さんは電話口で会社に抗議の声を強く上げた。これはカースト的に同レベルの位置にいる相手にだからこそ放てた言葉であろう。田中泯さん演じるホームレスにはシンパシーを感じたのも同じような理由だろう。
なので、この思考停止したある種現実逃避的な心地良い生活を乱す存在である妹とその娘が登場することで、目を背けてきた現状に否が応でも向き合わざるを得なくなる。そこに上記の妹の言葉。

さらに残酷に感じたのは、本作の製作が柳井正の息子、脚本(それなりに優れているのは間違いないです)は代理店でバリバリやってる高崎卓馬と、社会的に地位も名声もお金も”持った”人たちがつくってる点だ。「こんなふうに生きていけたらな」と書かれたコピーに、その上っ面感が浮かび上がってしまう。彼らはどの目線に立てているのだろうか。監督の真意はどこにあったのだろうか。平山さんだって望んでいるか定かではない「清貧さ」を美しいとする、都合の良い日本的価値観に触れたときは注意深くいてもよいだろう。

とはいろいろ書いたが、誰しもがお世話になっている公共のトイレを清潔に保つこの仕事に真面目に取り組む平山さんのような人たちに対して、自身がそれをやりたいと思えなくて申し訳ないが、これまでにすこしでも偉そうな態度を取ってしまったことに深く反省をし、誰が立派とかはなく(というかまさに代理店とかエンタメは概ねブルシット)、社会はひとりひとりによって成り立っているのだからお互いに尊重し合う関係が求められると改めて。

とても良い映画でした。トイレの○✖️の相手は誰だったんでしょうね。
新木

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