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市子のレントのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.2
名もなき人

貧困で劣悪な環境で育った彼女には戸籍がなかった。法の不備やネグレクトなどが原因で今の日本では累計一万人もの無戸籍者がいると推定されている。

重度の障害を抱える妹の介護は実質母子家庭においては彼女の役割だった。ヤングケアラー、部屋には当然クーラーなどはない。
むせるような暑い盛り、彼女は妹の呼吸器を外す。息絶える妹、それに感謝する母親。これで肩の荷が下りた。限界を迎えた彼女にとってそれは殺人ではなく自分を守るための唯一の方法だったのかもしれない。

しかし、妹の戸籍を借りて学校に通う彼女の生活は妹の死後でも変わらなかった。義理の父による性的虐待、それに耐えかねた彼女は相手を殺してしまう。

家を出た彼女、こんな自分が幸せになれるのか。無戸籍故に働ける場所は限られる。この負の連鎖から永遠に抜け出せないのか。
過去を捨て市子として生きようとした彼女は長谷川と出会いひと時の幸せを手に入れる。だが彼からのプロポーズを受けた矢先、彼女の過去が容赦なく襲い掛かる。着の身着のままでその場から逃げ出す彼女。

市子として生きようとした彼女、しかし市子には戸籍がない。婚姻届けも出せないのだ。そして自分は殺人者だった。この社会で誰でもない自分は殺人者であることだけは確かだった。そんな自分が長谷川と幸せになれるわけがなかった。

市子の行方を探す長谷川は市子の壮絶な過去を知ってしまう。そして彼が現在の市子にたどり着いたとき、それはすでに自分が知っている市子ではないのだ。
市子ではない自殺志願者だった女性なのだ。自分の過去を知る同級生の北を殺し、自分の身代わりになる女性も殺してその戸籍を奪った彼女。

この社会のすべてのセーフティーネットから零れ落ちてしまった彼女が生きてゆく術はこれしかなかったんだろう。

杉咲花の演技が素晴らしかった。
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