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アイアンクローのレントのネタバレレビュー・内容・結末

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

男だって泣いていいんだ。

子供の頃は猪木や馬場の全盛期で、週末金曜のゴールデン枠でプロレス番組やってたな。敵役として有名だったのが、アンドレ・ザ・ジャイアントや、タイガー・ジェットシン、そしてこの鉄の爪、フリッツモン・エリックだった。
やがてプロレス人気は下火になり、私も大人になって見なくなったから、この家族の物語は全く知らなかった。
それがよかったのか悪かったのか、作品後半は次から次へと不幸のオンパレード。次男以外の兄弟がプロレスに参戦し始めたころからまさに呪いと言われてもおかしくない不幸の連続に。
もしかして最後に残された次男も会社を売ったことに腹を立てた親父にライフルで撃たれるのかと思ったよ。

ラストに彼だけが父親の呪縛から一人逃れて、幸せになったことだけが救いだった。それがなければかなりきつい内容だった。精神的に落ち込んでる人は見ない方がいいかも。ヘヴィ級に重い内容だった。

エリック家は一見家族愛にあふれた家庭。兄弟同士も愛し合っていたし、兄弟たちは父親を信頼していた。そんな家族がなぜこうも不幸に合わなければならなかったのか。
父のエリックはプロレス一本で苦労して家族を食わせてきた。家族のために自分を犠牲にしてプロレスをするのは俺一人で十分だと言いながら、彼は息子たちにプロレスを勧める。自分の果たせなかったチャンピオンになってもらいたいというエゴのために。
それは決して無理強いではない、お前の意思で決めろという。しかし、この兄弟たちに自由意志などあったのだろうか。この父のもとで育てられた彼らは家族のため、そして尊敬する父のためなら何事もいとわない人間として育てられてきたのではないだろうか。
愛する家族のため、尊敬する父のため、それは一見すると美しいのかもしれない。しかしその愛情は本当の愛だったのか。幼いころから植え付けられたものだったのではなかったか。家族同士が愛し合ってることは素晴らしいことだ、何が問題あるのかというものもいるだろう。
しかし、彼ら兄弟は自分を犠牲にして家族のためにその身を捧げていた。これが国レベルなら愛国心のためにその身を捧げろということになる。
今の世界は何かと愛国心を謳う。自分の生まれた国を愛するのは当然、愛する国のために自分を犠牲にして当然という考えを刷り込まれたものがかつての大戦でもどれだけ犠牲になっただろうか。

教育改革によって国民に愛国心を植え付けようとしていた元首相のあの男はこの世からいなくなったが、今もその風潮はこの国では変わらない。愛国心とは強制されたり植え付けられるものであってはならない。それは常に為政者に利用される危険性を秘めているからだ。為政者が言う愛国心ほど危険なものはない。それは一見美しいからこそ、それに自分自身が縛られてしまえばエリック家の兄弟たちのようになってしまうからだ。

何よりも恐ろしいのは彼ら自身が納得していてプロレスをしていたことだった。それは一見彼らの自由意思で決められたことのようにも見えるからこそ恐ろしいのだ。そして父親にも彼らに強制したという自覚は全くない。
父親は言う、兄弟同士で解決しろと。お前たちは自分で決めた道なのだから自分たちの人生は自分たちで何とかしろと。これを言われた方はどうしようもないのだ。すべての逃げ道をふさがれてしまう。だからこそマイクやケリーは自死することとなる。父を責めるわけにもいかない、自分で決めた道だから、だれを責めるわけにもいかなかった。

ケビン以外の兄弟はこの世から去ることでしかこの家族愛という呪縛から逃れることができなかった。ケビンは自身の愛する家族を手に入れたからこそ、その呪縛から逃れられたのかもしれない。植え付けられた家族愛に縛られない彼自身の家族が彼を救った。
男だった泣いていいんだ、彼の子供たちが発した言葉が彼を呪縛から救ったんだろう。
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