レント

人間の境界のレントのネタバレレビュー・内容・結末

人間の境界(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

人間を兵器にしたのは誰か

監督は言います。ヨーロッパは人権を尊重する素晴らしい国々であると、と同時にその歴史上非人道的な行為が行われた場所でもあると。ナチスによるユダヤ人虐殺を例とするように。そしてこのヨーロッパの二面性、その後者である負の部分は時代を超えて繰り返されるのではと危惧されていました。

そしてそれは起きてしまいます。1938年に起きたナチスによるユダヤ人追放、そしてユダヤ人をポーランドが締め出したことで多くのユダヤ人が行き場を失いました。
今回のベラルーシとポーランドの国境で起きた難民の悲劇はまさにあの時と同じでした。そしてあの後に第二次大戦が勃発。

2015年の難民危機でEUは揺れ動きました。多くの難民が押し寄せたことでEU諸国の間で亀裂が生じました。難民受け入れに積極的な国とそうでない国、そして積極的な国の内部でも賛成派と反対派で分断が生じました。難民問題はギリシャ危機以上の事態でした。それを敵も十分承知していました。
ロシアが裏で手をまわしベラルーシが難民を集めて一気にポーランドへ難民を送り込みました。フィンランドがNATOに加盟した時もロシアは同じことを行いました。
彼らは難民を人間兵器として相手国に送り込みその混乱を狙ったのです。ポーランド政府はまんまと罠にはまりました。国境付近に非常事態宣言をして、人権団体やマスコミをすべて締め出し、このロシアからの攻撃に真っ向から対抗したのです。難民を人間ではなく兵器とすることは彼らにとっても都合がよかった。移民問題に頭を悩ませていた彼らにとってはこれは攻撃だとすることであらゆる非人道的な行為も許されると考えたのです。EUもその点で目をつぶりました。
そしてベラルーシの誘いにのせられてEU諸国に亡命できると希望を抱いて渡ってきた人々は絶望のどん底に落とされます。ポーランド政府からはすぐにベラルーシに戻され、そしてそのベラルーシから再度ポーランドへ送り返されます。これが延々と繰り返されひどい人は30回も繰り返したほど。寒い森に放置された人々の中には凍死する人も多く出ました。ベラルーシのような独裁国家ならいざ知らずポーランドのような民主国家で起きた非人道的行為。かつてナチスによる侵略を受けて虐殺まで経験した国でありながら、この国の国境警備隊や警察はまるでゲシュタポのよう。
ユリアを尋問する警察はまさにそれでした。彼女を一糸まとわぬ姿にすることで屈辱を与え屈服させようとします。独裁者の常とう手段です。
でもユリアは負けなかった。自分の住む国境付近で繰り広げられる難民へに非人道的行為に彼女は奮起します。彼女は自己評価を上げたいだけのリベラルではなかったのです。

ここからの活動家たちの活躍は溜飲が下がる思いでした。おとりとなって警察車両をおびき出してそのすきにレッカー車の事故車に難民を乗せて救出。暗くつらい作品の中で良かったシーンです。それと国の無慈悲なやり方に嫌気がさしていた国境警備隊の若者が難民家族を見逃してあげるシーン。救いのないような物語の中で唯一希望が持てるようなシーンでした。

ロシアが行ったハイブリッド攻撃は卑劣極まりないものでした。難民の人々を利用して人間兵器として送り込むなど。確かに移民問題は世界にとって深刻な問題。それは国を分断させしいては国を内部から崩壊せしめるほど。ある意味では核兵器よりも強力かもしれません。でもこの兵器は核と違い無力化できるのです。そもそも難民の人々は兵器でも何でもない。温かいスープと暖かいぬくもりを信じてただヨーロッパに命がけで辿り着いた人々にすぎません。それを兵器としてロシアは利用しましたが、受け取る側が人間として接すればいいだけのことでした。彼らは一人一人決して危険な存在ではない。難民を受け入れることで弊害が生じるかもしれない、でも同時に国が潤うほどの効果も期待できる。多くの移民を受け入れているドイツは経済も順調、国民の平均年齢も若さを維持、逆に移民に消極的はハンガリーなどは高齢化が進んでいる。この辺は日本も同じかもしれない。
ポーランドは墓穴を掘りました。たとえ危険なワグネル兵が混じってる可能性があっても殺到した難民たちに根気よく対応すべきでした。それがあのような強硬手段に出たために自国を貶める結果になってしまったのです。
この映画の撮影自体がまさに本作に出てくる人権活動家のようでした。政府からは圧力があり撮影はすべて私有地の森で行い24日間程度ですべてを撮り終えたとのこと。そして映画公開にも政府から妨害があったそうですが、逆にそれが宣伝効果になり国内で大ヒットを記録したとか。そしてこの映画のせいかどうかわかりませんが極右政権は交代したとのこと。

ウクライナ侵攻後にポーランドはかなりのウクライナ人を難民として受け入れていたにもかかわらず、このような行為が行われていたことに驚きました。難民も白人は優先されるということでしょうか。本作撮影当時にウクライナへの侵攻が起きて、エピローグのウクライナ難民受け入れのシーンは急遽追加撮影したそうです。ポーランドのダブルスタンダードを皮肉るために。活動家の女性があの若い国境警備隊員に皮肉を言ってましたよね。

EUは2015年の難民危機を乗り越えました。これからも加盟国同士でうまく乗り越えてゆくと願っています。そうすればロシアが行う卑劣な人間兵器は無力化されるのです。

映画はかなりショッキングでモノクロということもあり「シンドラーのリスト」を見た時の衝撃を思い出しました。まさに難民はユダヤ人そのもの。そして難民を迫害するのはナチスではなく移民問題に対して見て見ぬふりしようとする人々の無関心なのかもしれません。
日本でもウイシュマさんの悲劇がありました。彼女が白人だったなら殺されることもなかったのかもしれません。彼女を見殺しにした入管職員の中に本作の若き国境警備隊員のような人がいたらと思うと残念でなりません。

素晴らしい映画でした。上映館数が少ないのが残念です。けして楽しい映画ではありませんが、「マリウポリの20日間」同様に見るべき映画です。
レント

レント