海に行けばよかった

長江哀歌(ちょうこうエレジー)の海に行けばよかったのレビュー・感想・評価

3.2
三峡ダムの開発で長江に沈みゆく町を舞台に、別れた妻子を捜す男と音信不通の夫を捜す女の物語を軸に、底辺の労働者たちを描く人間ドラマ。
雄大な長江の景観はそこそこに、灰色の廃墟ビル群やスラムのような街角、半裸で働く男たちという生々しい現実を突きつけるような画ばかりで、僕たちが「三峡」と聞いてイメージする水墨画のような浮世離れした世界とは真逆のシビアな映画。
なんらドラマチックな展開のないストーリーだが、生活の風景への興味と印象的な画の数々で飽きることなく見てしまう。
前漢時代の遺跡が発掘されるくらい歴史のある街も開発によって水底に沈んでしまうという現実、その家屋を解体するその日暮らしの労働者たちと、彼らを相手にする垢抜けない娼婦たち、と哀感を覚える要素に事欠かないが、それ以上に、それでも夫婦の問題にしっかり決着をつけたり、引越し先を確保したり、山西のヤミ炭鉱へ出稼ぎに行ったりと、民衆の逞しさを感じられる。感傷的になりすぎない、ドキュメンタリーのような乾いたタッチのせいだろうか。
時おり挟まれるファンタジックなカット、たとえばロケットとなり飛び立つ廃墟や、携帯ゲーム機で格ゲーに興じる京劇役者などは、古きものはすべて去りゆく、とは一言で片付けられない中国民衆のしぶとさ、逞しさを、伝統と革新の共存という形で描いたメタファーにも見える(実際はどういう意図かわからないけど)。