TOSHI

アイネクライネナハトムジークのTOSHIのレビュー・感想・評価

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私は映画とテレビドラマは次元が異なる物だと考えているため、フィルマークスが、映画とテレビドラマが並列で切り替えになった事には納得しておらず、ドラマモードは見た事もない。
映画とテレビドラマの違いとは、映像表現であるかどうかだろう。画面が家庭サイズであるテレビは、映像表現には不利がある。端的に言えば、ドラマが主体なのが、テレビドラマで、映像を見せるのが主体で、ドラマはそれに隷属するのが映画なのだ。
映像表現の重要な構成要件として、空間を見せる事があるだろう。私も何度か行った事があるが、仙台駅前には、印象的なペデストリアンデッキがある。本作は初めてと言っても良い、ペデストリアンデッキに焦点を当てた映画である。

大型ビジョンで、日本人初の世界ヘビー級王座を賭けたタイトルマッチが映される中、ペデストリアンデッキで、街頭アンケートをして、断られ続けている男。
場面は変わり、彼氏のいない美容師の美奈子(貫地谷しほり)は、客の香澄(MEGUMI)から、弟を紹介される。美奈子は電話をかけてきた、事務職だと言う弟と、電話での会話を続け、次第に惹かれて行く。てっきり、電話の男が街頭アンケートの男かと思えば、そうではなかった。
弟は、ヘビー級タイトルマッチで、チャンピオンに挑戦するボクサーの、ウィンストン小野(成田瑛基)だったのだ。小野は試合に勝ち、美奈子に告白する。

上司の藤間(原田泰造)が妻子に逃げられたショックで休んだ事で、街頭アンケートをしていた会社員の佐藤(三浦春馬)は、ストリートミュージシャンの演奏に足を止め、隣にいたリクルートスーツ姿の紗季(多部未華子)と目が合う。思い切って声をかけると、彼女は素直に応じる。紗季の手には、買い物を忘れないため、「シャンプー」と書かれている。街頭アンケートに応え、手に買い物を書いている女性。些細な事だが、彼女の人とは違う魅力が伝わって来る。その場では、それで二人は別れる。
劇的な出会いを待つだけだった佐藤に、学生時代からの友人で、皆の憧れだった由美(森絵梨佳)と結婚している織田(矢本悠馬)は、後で好きになったのがこの女性で良かったと思えるような出会いが最高の出会いだと語る。

三浦と多部の美男美女が主役であり、トレンディドラマ(死語)のような感覚がある。今にも、小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」が流れて来そうだ。
テレビドラマは家庭での視聴が前提なため、本当の悪が排除され、綺麗事の傾向が強い(最近では、あなたの番ですのようなドラマもあるが)。本作の、今泉力哉監督の前作「愛がなんだ」に比べると、基本的に良い人ばかりの毒が無い世界観も、テレビドラマに近いニュアンスを感じる。しかしこれは、あくまでも映像表現としての映画なのだ。それを象徴するのが、交通の利便性を高める事が目的のペデストリアンデッキを、ボクシングの中継をするモニターや、ストリートミュージシャンを核に、人々が留まり交流する場所として捉えた構図だ。
大胆な時間軸の設定も、映画ならではだ。物語は、10年後の現代に飛ぶ。10年後の佐藤と紗季は…。そしてウィンストン小野が…。

長い時間軸で、日々、小さなきっかけを積み重ねる登場人物達を丁寧に、映像的に捉えた傑作だ。大きな出来事は起こらなくても、伏線、デジャヴュを多用しながら、最後まで惹きつける。
観終わってから知った、モーツァルトの楽曲である、「アイネ(ある)クライネ(小さな)ナハト(夜の)ムジーク(曲)」というタイトルの意味が迫って来た。
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