TOSHI

男はつらいよ お帰り 寅さんのTOSHIのレビュー・感想・評価

-
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

まさか、「男はつらいよ」の新作をレヴューする時が来るとは思わなかった。一昨年、久しぶりに柴又を訪れた時、くるまやのモデルとなった高木屋老舗の前を、ポケモンGOをやりながら歩いている人がいたのは、シュールだったが(帝釈天は、ポケGOのジムになっていた!)、寅さんが、この光景を見たらどう思うだろうか。「最近の若い奴は、スマホだかラブホだかばかり見て、ろくろく前も見ちゃいねぇ。情けない、実に情けないねぇ」と言うのではないか。

シリーズは平成8年の、渥美清の死去で終了しており、新作での車寅次郎がどのような設定になっているのかに関心が高まるが、冒頭の桑田佳祐が自らの外見のまま、主題歌を歌う映像に驚く。一応、寅次郎に扮しているらしいが、意表を突く演出だ。
寅次郎の甥である満男(吉岡秀隆)は、娘・ユリ(桜田ひより)と暮らすが、会社員生活の合間に書いた小説が認められ、遅咲きの小説家としてデビューしていた。亡くした妻の七回忌に人々が集まるが、寅次郎の妹で満男の母であるさくら(倍賞千恵子)や、満男の父・博(前田吟)の風貌が、年月の流れを感じさせる。とらや裏にある朝日印刷の、タコ社長(太宰久雄は、平成10年に死去)の娘である、美保純演じるあけみもすっかりオバサンだ。そして団子屋だったくるまやは、カフェになっている。

寅次郎は勿論、不在だが、死んだとは明言されない。叔父との出来事に思いを巡らせながら、満男は編集担当・節子(池脇千鶴)の勧めで、サイン会を開く事になる。満男が見る、初恋の人・泉(後藤久美子)の夢、再婚を促す・義理の父・窪田(小林捻侍)と、泉との再会の予感が高まるが、国連で難民支援の仕事をし、夫と子供がいる泉(イズミ・ブルーナとなっていた)は来日しており、書店での告知を見て、サイン会に参加する…。20年以上の時を経て、満男とイズミの恋は成就するのか…。イズミの母・礼子(夏木マリ)は、そして寅次郎の最愛の恋人・リリー(浅丘ルリ子)は、どうしているのか…。

私は実は若い頃、本シリーズを敬遠していた。寅さんは、私が最も嫌いな、他人に厳しく自分に甘い人に思えたのだ。そして好き勝手に行動した挙句、これも私が嫌っていた人情とやらでウヤムヤにする作りの映画だと思っていた。全くの食わず嫌いだった訳だが、渥美清が亡くなってから、「柴又慕情」を観て、これは面白いとのめり込み、遡ってかなりの作品を観た。寅さんがテキ屋稼業の旅先でマドンナと出会い、柴又に帰って来て、更にドラマが展開するという決まったフォーマットの中で、正月映画というプログラム・ピクチャーを撮り続けた、山田洋次監督ならではの演出の凄みを感じた。安っぽい人情では括り切れない、細やかな心の機微の描写が見事だと思った。それは本作でも健在で、惹きつけられる。過去作品の映像(4Kデジタル修復)がふんだんに使われており、DVDでしか観ていなかった作品を、部分的にでもスクリーンで観られるのも嬉しい。
しかし残念ながら、寅さんは思い出でしかなかった(時折、満男を見守る霊のように登場するが)。桑田佳祐に作中で歌わせるという冒険をしたのなら、寅さんが現代を斬るという領域にまで踏み込んで欲しかったのが、正直な所だ。人らしさや人情などより、スマホの奴隷となる事を選んだ、“スマホを持ったサル”である現代人を斬ってほしかったのだ。
50周年記念映画の枠に留まり、本当の意味で現代に寅さんが甦る映画ではなかったのは残念だが、おとそ気分で、寅さんに再会できるという意味で、正月映画としては十分に楽しめる作品だろう。
TOSHI

TOSHI