TOSHI

帰れない二人のTOSHIのレビュー・感想・評価

帰れない二人(2018年製作の映画)
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ジャ・ジャンクー監督の待望の新作は、またチャオ・タオ主演で、また長い時間軸の物語だった。それ故に、集大成的な最高傑作の期待感が高まる。

北京オリンピックの開催が決まった、2001年。都市部は消費ブームに沸いている筈だが、鉱山のある街・山西省大同では、石炭から石油への移行で景気は悪化する一方だ。しかし街を仕切るビン(リャオ・ファン)の影響力は大きく、麻雀屋を経営する恋人・チャオ(チャオ・タオ)も、羽振りの良い生活を送っていた。描かれているのは21世紀だが、昭和の日本を見ているような懐かしさを覚える。
中国の若者にも、ディスコで踊る青春がある事は、ジャンクー監督作品で認識したが、本作でも、チャオとビンが「Y.M.C.A」で踊る。そして踊っている最中に、ビンが拳銃を落とす事で、不穏な空気が流れる。
チャオはビンに、大同からの移住と結婚を持ち掛けるが、ビンは惹かれつつも、本気にしない。そして、ビンが慕う男性が刺殺されたのをきっかけに、ビンの組織は、ギャング達と抗争になるが、ビンの車は囲まれリンチされる。チャオはビンを守るために拳銃を発砲した事で、刑務所に送られる。
2006年、チャオは出所するが、4年前に出所した筈のビンは迎えに来ておらず、彼の故郷である長江のほとりの古都・奉節を訪れる。「長江哀歌」の舞台でもあった、奉節の光景が圧倒的だ。三峡ダム建設で、一部は川底に沈む事が決まっている街が醸し出す雰囲気が、先が見えず沈みつつあるチャオの心情とシンクロする。
しかし、ヤクザの女だったチャオはめげない。船内で金を盗られても取り返す。結婚披露宴をしているプレイボーイ風の男に近づき、妹が流産したと言って、金をせしめる。タクシーバイクの運転手を色仕掛けで油断させてバイクを奪い、レイプ被害をでっち上げる。ビンに恋人がいる事が分かっても…。
更に時代が飛び、重いシチュエーションになる2017年の現在でも、チャオはタフに生きるが…。

発展する国と、そこから取り残された人達という、ジャンクー監督の視点は本作でも一貫していた。勝ち組・リア充である事が、人生の目的であるかのような風潮が強まるばかりの現代だが、金銭的に満ち足り、日々を楽しんでいる人など、映画で描く価値は無い。映画は何よりも、金も無く、思い通りにならない事だらけで、その人なりの地獄を生きている人間を見つめるべきだ。
前作「山河ノスタルジア」での、長い年月の物語の果てに、やりきれない人生を送っているタオ演じる主人公に、若い時代に踊った「ゴー・ウェスト」が甦るラストシーンのような、奇跡的な飛躍が無いのは残念で、最高傑作と呼ぶのは控えるが、“負け組”を優しく見つめる視点、高度なストーリーテリング、映像表現と、ジャンクー監督が、現代の最高の映画作家である事を再認識させる作品だ。

フィルマークスの「上映中の映画」が、どのような基準で表示されているのか分からないが(レヴューの数は関係あるだろう)、見落としてしまいそうな程、本作が下位にしか表示されないようでは、本当の映画ファンが集まったコミュニティとは言えないのではないか。
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