TOSHI

宮本から君へのTOSHIのレビュー・感想・評価

宮本から君へ(2019年製作の映画)
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特に才能も無く、中小企業に就職して営業でもするしかない、大抵の人にとって、人生は負け続けるだけである。何故、こんな人間が自分より地位が高いのか分からない、全く尊敬できない上司から日々、仕事の成果について叱責される。会社に行く事は、毎日、バケツ一杯の泥水を浴びせられに行くような物だ。生物としての人間の生存目的は、自分に合った相手を見つけて、子孫を残す事だが、これもまた現代では、複合的な理由で困難だ。今更とも思える、「宮本から君へ」の映画化だが、仕事も子供のある幸せな家庭を作る事もままならない、負け続けるだけの人生を送る人(私もだ)が、増え続ける現代に、「負けてたまるか」という映画が作られる事の、意味はより高まっているだろう。

ケンカをしたのか、顔をボコボコにされて前歯も無く、ヨロヨロと歩いている男。文具メーカーのサラリーマンである、宮本(池松壮亮)だ。宮本は先輩の友人・靖子(蒼井優)と結婚しようとしていた。宮本と言えば独身のイメージであり、意外に思ったが、これはテレビドラマ版以降を描いた作品なのだと気付いた。
時系列はシャッフルされており、遡って、宮本は靖子の家に呼ばれて、食事を共にするが、そこへ元カレの裕二(井浦新)が押し掛けてきて、靖子はこの、ヒモ体質のダメ男らしい裕二と腐れ縁にある事が分かる。靖子のダメな部分も露呈するが、裕二と揉み合いになった宮本は、「この女は俺が守る」と言い放つ。会社の上司は嫌な奴ではあるが、それ程、焦点が当たらず、裕二が“敵”なのかと思うが、そうではなかった。

宮本は取引先の、元ラガーマンである馬淵(ピエール瀧)や大野(佐藤二朗)に気に入られ、草ラグビーチームに加入し、馬渕の息子で、巨漢の拓馬(一ノ瀬ワタル)と知り合う。宮本と靖子は、飲み屋で拓馬と意気投合するが…。

正直、前半は敵が見えず、冷めていたが、ある事件が起き、拓馬が敵だと分かってから、映画のボルテージが上がり、俄然面白くなる。事件の描写が凄まじい。私生活では結婚し、幸せ一杯のイメージだった蒼井優が、こんな壮絶な撮影をしていたとは思わなかった。靖子との関係に、亀裂が入る宮本。そして宮本と拓馬の死闘の果てに…。

宮本浩次(宮本繋がりか)による主題曲に重なる、エンドロールが良い。私は、エンドロールに本編で登場した映像を再度使われると、白けてしまうが、本編からこぼれ落ちたような映像、本編のイメージを増幅するような映像が、素晴らしい。

原作が連載されていた時代からそうだが、誰もがスマホばかり見ている現代に、宮本の青臭さは異様である。普通に話せる事を、意味も無く大声で言う。そして、意味も無く感情を爆発させる。実際には、こんな奴はいない。しかし誰もが感情を隠し、スマートに生きているように振る舞う現代だからこそ、この熱量、負けてたまるかという感情の発露が響くのだ。現実に、風穴を開けるのだ。
宮本が、本当に勝ったのかは分からない。でも負けてはいないだろう。宮本からの何かは、確かに受け取った。
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