TOSHI

イエスタデイのTOSHIのレビュー・感想・評価

イエスタデイ(2019年製作の映画)
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映画は先ず、コンセプトでぶっちぎらなければいけない(この点で現代の映画は、20世紀に比べて明らかに弱くなっているが)。ビートルズが存在しない世界という、コンセプトが秀逸だ。ぶっちぎっているかはともかく、旧態依然とした戦争映画や時代劇を作ろうとする作り手に比べれば、発想で100歩リードしているだろう。 

売れないシンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、客が入らないある日のイベントで、夢を諦めるが、その夜、世界規模で12秒間の大停電が起こる。自転車に乗っていて、その瞬間、自動車事故に遭ったジャックが目を覚ますと、何かが変わっている。誰も、ビートルズを知らないのだ。何故、大停電が起こると、人々の記憶から、ビートルズが消えるのか。理屈では全く説明がつかないが、目くじらを立てるようでは、映画ファンとは言えない。それが映画なのだ。
記憶だけではなく、記録も無い。グーグルで検索しても、ビートル(カブトムシ)しかヒットしない。現代では、検索してもヒットしない事が、世の中に存在しない事なのである。
幼馴染で、本職の教師の傍らマネージャーをしてくれている、エリー(リリー・ジェームズ)が退院祝いにギターをくれるが、奏でた「イエスタデイ」に対する友人達の反応を切っ掛けに、ジャックは、ビートルズの楽曲を自らが作曲した物としてレコーディングする事になる。
エド・シーラン(本人役)が、ジャックの才能に注目し、オープニングアクトに起用する事で、ブレイクに貢献するのが面白い。ジャックは、一気にスターダムに駆け上がっていくが、実は異性として惹かれ合っていたエリーとの関係は…。

気になったのは、ビートルズ愛の描写が希薄な事だ。ジャックは、ミュージシャンの基礎教養としてビートルズの楽曲をコピーしていたようにしか見えない。作中で使用される楽曲も、有名な曲をランダムに使った感じで、こだわりは感じられない。ビートルズは時期によって、別物と言える位に方向性が違うが、そんな意識も無いようだ。ビートルズ以外にも、コカ・コーラ等、人々の記憶から消えているものがあるが、コカ・コーラと同列というのが、誰でも知っている物としてビートルズを扱っているに過ぎないように思える。
もう一つは、こんな事を言うと怒られるかも知れないが、ビートルズを演奏する黒人男性、白人女性と恋愛する黒人男性に対する、違和感だ。勿論、現代的な考え方として、白人も黒人も関係なく、シームレスに描くべきだが、やや少ないケースに思える上記の設定が、作品にとってはプラスにはなっていないと感じる。ビートルズがいない世界という異世界に“翔ぶ”には、基本的な設定はステレオタイプな方が有効であり、本作に関しては白人男性が主人公の方が良かったのではないか。

しかし、ダニー・ボイル監督ならではの、スピーディな展開と、スタイリッシュな映像で最後まで引っ張られる。何よりも、結末がどうなるのかが読めない。
連想するのは、「僕はビートルズ」(かわぐちかいじ)という漫画だ。同作は、ビートルズ誕生前にタイムスリップしたバンドメンバー達が、ビートルズの楽曲を演奏してスターになり、それに影響を受けた本物のビートルズ達が実際には無かった新たな曲を披露したのに感動し、姿を消すというストーリーだった。本作でもジャックの登場が、本物のビートルズメンバーに影響を与えている。それが明らかになるシーンは、映画ならではの奇跡だ。
ジャックのしている事は、他人の作品を自分の作品として発表する剽窃に他ならないのであって、ずっと後ろめたさがつきまとうが(僕はビートルズも、そうだった)、それにどうケリをつけ、自己実現するのかが見物だ。“昨日”ではなく、明日に踏み出す姿に感動させられる。荒唐無稽な異世界と、ありえないハッピーエンド。これが映画である。
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