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HUMAN LOST 人間失格のArAー1のレビュー・感想・評価

HUMAN LOST 人間失格(2019年製作の映画)
3.8
【一言感想】
太宰治『人間失格』を、”大胆”にSF作品へ。
設定も世界観も怒涛の創作単語が大氾濫でガッツリSFに浸り、理解を追いつくべく頭をフル回転させる感覚、最高!
でも、「生と死」の扱いや物語の落とし所、そして「恥の多い生涯」という台詞の解釈は難しく、嫌い。
SFにヒーローは必要か?



【感想】
 難しいな、と感じました。
 太宰治の『人間失格』をアレンジした新作を作るということも、ましてやそれをSFにするという試みも、困難なものだったと思います。

 前提的な部分として、『人間失格』はその文学性の高さ以上に、「太宰治の遺書」という側面でのイメージが強烈なのだと思います。様々な人間関係を抱え、何人もの女性との関係を持ち、薬物に溺れたり、精神病院に入院したり、自殺を何度も未遂したりと、「太宰治」という作家が死ぬ前にしたためた「遺書」という認識です。

 なので、「重さ」みたいな感覚も違うし、(性別や年齢も含めて)読者によって感じ方や感情移入のポイント、内容の解釈や批判・擁護、意識する点や重視する点など、人それぞれなのだと思います。だから、それを元にSF作品として新作を構成するというのは想像以上に難しいだろうし、観客に提示する部分を絞るのも大変なんだろうな、と。


 テーマの扱いに違和感を覚えました。
 この作品の感想を浮かべて評価して整理する上で、どこまで太宰治の『人間失格』を参照すべきなのか、難しいラインではあります。

 それでも、『人間失格』で描かれた自殺未遂の深みに漂う「生と死」や、何人もの女性との関係や「性」、薬物中毒やアルコール中毒、大庭葉蔵が自分自身と向き合う苦悩・葛藤・卑下、それを象徴する「恥の多い生涯」という独白・告白。

 これらの扱いが、少々雑なように感じました。とはいえ太宰治の時代と、『HUMAN LOST』が舞台にた昭和111年では社会背景も違うし、人々の価値観も変わっているので、「原案と違う!」ということを一概に非難することができない点は重要です。


 世界観や設定は大好きです!
 舞台は昭和111年の無病長寿大国「日本」。
 遺伝子操作やナノマシン技術により人生120年超を実現し、年金支給額1億円という夢のような状況の一方で、大気汚染や”ヒューマンロスト現象”に脅かされる社会。

 昭和111年は西暦でいうと2036年ですか。
 2019年現在の日本や世界が抱える様々な問題を練り込んでいる世界観が最高に深くて濃くて、それだけでもう大満足です!

 日本では経済成長と環境・人権との間で議論が沸き起こる今日。「老後2000万円問題」が取りざたされたり、財政悪化から年金支給の金額や年齢が議論されています。世界に目を向ければ、医療技術の発達は目覚ましい一方で薬価高騰や倫理問題が議論の的になり、地球温暖化を筆頭とする環境問題が大きなテーマになり、貧困と格差是正が喫緊の課題とされています。

 このような現代の状況の中で、この作品は社会主義と資本主義をかけ合わせたような、国家による管理と市場経済とを融合させた、1つの社会像として非常に面白いです!


 でも、「生の扱い」が気になります。 太宰『人間失格』では重きを置かれていた(と私は感じる)「生と性」の内容が、あまり本作『HUMAN LOST』に取り入れられていなかった点に疑問を覚えました。

 「生」、裏を返せば「死」となるわけですが、この『HL人間失格』の社会では「死」は医療によって克服されています。「死」への恐怖がないから、「生きている実感」もない、そんな人々の姿に見えました。なので当然、太宰治が綴った自殺への想いとか、鎌倉自殺の影とか、そういう重たさが無いと感じました。

 「じゃあ現代はどうだ?」と聞かれれば、「生」を実感して生きている人間なんて少ないでしょうから、ある意味ではリアルなのかもしれませんが、『人間失格』にある生々しい感じが薄くて残念でした。


 『HL人間失格』のようなSF作品に”ヒーロー”は必要なのでしょうか?
 物語の内容やラストの結び方に違和感を覚えてしまったのが非常に残念でした.....。もったいないと思います。

 『アイアンマン』とかはヒーローの活躍を見るというのが主目的だから、ヒーロー作品で全然問題ないわけです。
 でも、本作『HUMAN LOST』は原案を『人間失格』にしていて、登場人物の活躍というよりは、苦悩とか葛藤とか、社会や他者との関係を重視するような作品だと、私は思います。

 あとは、アニメーションとして映像化するのに、やや難ありだったのかも。小説版とかのテキスト媒体で読めば、印象が大きく変わるかもしれません。


 制作陣がもの凄い!
原案:太宰治
脚本:冲方丁
監督:木崎文智
監修:本広克行
音楽:菅野祐悟
音響:岩浪美和
制作:ポリゴン・ピクチュアズ
声優:宮野真守, 花澤香菜, 櫻井孝宏...
主題歌:m-flo「HUMAN LOST feat. J. Balvin」
 それに呼応するように、アニメーションの綺麗さやアクションの格好良さ、演技の違和感のない声、雰囲気を盛り上げる音楽と、格好いい主題歌、最高でした!
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