Yuki

ファーゴのYukiのレビュー・感想・評価

ファーゴ(1996年製作の映画)
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『ファーゴ』は、誰もが「補う」ために行動している映画だ。小切手の補填、朝ごはんの補填、あるいは人間関係のすき間を埋めるための行動――それが善意であれ、利己心であれ、同じ構造にある。

主人公マージが朝ごはんはいらないと言いながら、同僚から渡されたコーヒーはすぐに受け取る場面に、彼女のバランス感覚がにじむ。仕事と家庭、公と私を混同しながらも、彼女は現実的な判断を下し続ける。ミネアポリスへの出張も、かつての男との再会も、どこか日常の延長で処理しているようで、それでも人としての迷いが垣間見える。

マージが語る「3セント切手」の話は象徴的だ。少額であっても、全体を支えるためには必要不可欠なものであるという感覚――これは、彼女が作中を通して獲得した価値観のように見える。金のために嘘をつき、仲間を裏切り、命を奪う男たちとは対照的に、彼女は小さな誠実さを積み重ねて世界を保とうとする。

この映画には「逆転された優位性」も繰り返し現れる。女性警官が妊娠していても冷静に捜査を進める一方で、犯罪者たちは混乱し、追い詰められる。体格で劣る者の方が支配権を持ち、家庭ではしばしば女性が夫よりも強い。つまり、表面的な力ではなく、日々をしっかりと「補って」いける者が生き残る。

全体を通して、何かを「足す」こと、「補う」ことが、生きる上での本質であるかのように描かれている。『ファーゴ』は、善悪のドラマであると同時に、「生き方の比重のかけ方」に関する寓話でもあるのだ。
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