高澤奏

アトランティスのこころの高澤奏のレビュー・感想・評価

アトランティスのこころ(2001年製作の映画)
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俺がはじめてスティーヴン・キングを知ったのは、『ショーシャンクの空に』だった。そのため、俺にとってのキングは、欠けた心を優しく撫でてくれるような温かなイメージが強い。心に空いた穴を無理矢理埋めはせず、穴は穴のまま、でもそこにある悲しみや寂しさに違う意味合いを持たせてくれる。その温もりは、彼のホラー作品のなかにも存在していて、だからこそ俺は他の偉大なるホラー監督や小説家を差し置いてスティーヴン・キングのことがズバ抜けて好きなのかもしれない。

今回のアンソニー・ホプキンスは、人の脳ミソを食べたりしない優しいおじいちゃん。でも不思議な力を持っていて、主人公の少年と心を通わせて行くなかで、徐々におじいちゃんの魅力が溢れだしていく。結局、俺の脳ミソはいつの間にやらアンソニー・ホプキンスに食べられていた。

主人公の母親はあんまり良い人には思えないけど、悪い人でもない。冷たいのか温かいのかわからない言い方をすると、母親も結局は一人の女性であり、他人でもあるというわけだ。この事実に俺が気づいたのは高校の夏。俺はその瞬間とてつもない孤独と自由を感じつつ、青い空を見ながら、そこに入道雲を描き足すかのように口に加えたパピコを吸い上げていた。

老人と少年が交流する物語はどうしてこんなに名作が多いのか。人生の始まりと終わりに位置する人間同士だからこそ、互いに発見と感動があり語れる物語があるのだろうか。老人のなかにある少年と、少年のなかにある老人。超能力なんてなくてもアトランティスは、誰のこころのなかにもある。
それは永遠に不滅だ。
高澤奏

高澤奏