テロメア

PLAN 75のテロメアのネタバレレビュー・内容・結末

PLAN 75(2022年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

これほどの映画が邦画であることに、最近の邦画は徐々にちゃんとした『映画』を作ることを意識していると感じる。特に若手が本当に凄い。とまあ、思うのですが、これは超低迷していた邦画だから、という贔屓目がかなりあってしまうのも事実。今作はもっとドライに描くべきだったと思う。

問題点をいくつか。
今作の『PLAN 75』の法案成立が老人ホーム襲撃事件の多発が原因であるという辺り、今作の根本的な制度の正当性が最初から皆無というのが大問題。それこそ後期高齢者団体とかが自主的に法案への入口を作ったが、本来の安楽死制度だったのが老人雇用の打切りや生活保護を受け難くなってしまうというような、結局プラン75を選択するしかないように追い込まれたため、法案制定に関わった老人たちが肩身が狭いか、もしくは死に逃げだと静かな怒りや恨みを買いつつも諦めしかないとかならわかる。あと、制度賛成派と反対派の意見交換の場などもあればよかったかも。プラン75があるから言い逃げされるだろうけど。社会派で政治的な問題提起であるはずなのに、法的正当性が皆無な法案では問題提起にならないだろうと思う。いっその事、冒頭のシーンは全カットして、もうそういう制度がある日本という始まりで良かったのではないか、と。

大きな問題としてラストの一連の流れ。ここからはネタバレになってしまうが、いくつか。まず、甥っ子がなぜか見送ったはずの叔父を取り戻しに行くくだり。ここは普通に受付で会話し、もう逝かれましたね、とかでご遺体の引き取り手続きをし、で良かったと思う。なぜ、死体をかっぱらうのか、この演出が一番の謎。思うに、上記の問題と重複するけれど、法治国家において法的手続きが大事だということが欠落しているのではないか。

法が法として成立するのは、紆余曲折はあれど最低限の正当性があるからだ。六法を見れば誰でもわかるが、当たり前のことしか書いていない。そしてその当たり前のことに例外事項や、こうした場合、こうこうしなければならない、というのは、散々の議論の末に決まる。ざっくり言えば、明文化された道徳や倫理だ。だから、法治国家において法は尊重されなければならないし、その法がダメなら議論の末、改正していかなければならない。そうしたことが、架空とはいえ法制度に対する問題提起にしては、あまりにも遵法精神がなさすぎる行動を、なんか映画の雰囲気としては、感動っぽい演出にしているのが鑑賞後のもやっとに繋がりました。

死体を盗んだ甥っ子がそう決断するのも、皮肉が過ぎる遺灰処理方法だろうよ。これはさすがに皮肉が過ぎるし、それを問題提起するなら別の作品を撮るべきだろう。今は知らないが、昔なんか問題になった分別したはずのゴミが、結局可燃ゴミと同じ焼却施設に行っていた、的な話。そういうのは、今作のテーマからは外れるので除外した方が良かったろう。現に、わけわからんご遺体との逃走劇があったくらいだし(この一連の流れは、もはやコントだった)。

さらに上記の続きでいうなら、遺品を盗むことを「死者を忘れないため」とか、犯罪者の御託だろうよ。これもこういう制度があるなら、本来ならリサイクルとしての手続きがなされるはずだから、こいつらはただの窃盗犯だよ。最後に大金を見つけて、うっはー、となっている演出もさ。これで娘は助かる的なあれかな。なぜ、ここまでドライに撮ることができるのに、シナリオがお優しい従来の邦画テイストなのか。現代の姥捨山制度を描きつつ、それを外国人労働者に最後の最後にさせる辺りは、かなり現代日本的で切れ味が素晴らしいと思いました。が、半分過ぎた辺りから怪しくなってきたのも事実。

コールセンターの職員が直接会う。これについての演出は「電話での会話は録音されていますが、誰も確認しませんよ」とか、もっともっと冷ややかな、だけどお願いされたら断らないくらい人情味のある職員で良かったのでは、と思う。あんなにつらい顔をし続けるなら、最後に辞表を出すとか考えるとかのシーンが必要なのでは、とも思う。その差異として、外国人労働者は故郷にいる娘のために働き続ける、で良かったのでは。根本的にオムニバス形式なのに、噛み合っていないのが問題だろう。

オムニバス的に複数の登場人物を描くなら、それぞれ対比させるのが定石。問題提起させる映画ならなおさら。だけど、今作はみんながみんな、この制度に静かに反対している。それならそれで、反対しているけれども恩恵はある、くらい描かないといかんだろうと感じる。外国人労働者なら、給料がいいから娘を助けられるくらい稼げるとか、若者ならなんだかんだ就職率が上がったり、給料から差っ引かれる税金が減ったとか(ハローワーク的なところが、この制度があっても若者だけしかいなかったのは恩恵なしという感じだし。あそこはみんな主人公と同じご老人で固めた方が良かったと思う)。結局、作り手側がこの制度がもたらす可能性がある良い面についての考えが浅いため、こんな良い面があろうとも国家として自死を選択させる同調圧力に対する問題提起、にはならないことが残念でならない。前半部分はすっごい良いし、全体的な邦画離れしたドライな撮り方がめちゃくちゃ好みなのだが、シナリオだけ考えたらかなり穴だらけでもったいない。

そして根本的はこととして、姥捨山を描くなら最後の最後に逃げ切ってどうする。主人公が最後に逃げ出した演出は、あのあとどこに向かうのか、という話だ。少なくとも映画内の日本に居場所なんてない。あのあと、結局、住民票なしでも大丈夫、と書かれたプラン75に行くんじゃないか、という想像以外できない。あまりに考えなしな逃走劇がラストシーンで、うーんと鑑賞後にうなってしまった。完膚なきまでにその制度を描き切ることにより、初めて映画の外の鑑賞者は胸にずんと重たい問題提起が出てくるのだ。これでは、一見逃げたからハッピーエンドかな、とそれで終わってしまう。問題提起の映画に映画的なハッピーエンドは要らない。ここは悪い意味で映画でしかなかった。現に、私の鑑賞後のレビューもプラン75の是非よりも、シナリオの穴などでもやもやしか残っていない。

姥捨山の現代版を描くなら、最低限の恩恵(口減ししたことにより、食料が行き渡る的な)も現代版で描かなければならないし、それと同様に、姥捨山制度はなくなるべきだが、切羽詰まっているという演出や、枝折り型のように捨てられる親は捨てる子のことを最後の最後まで思っている、というのも現代版で描いてほしかった。かなり文句だらけのレビューになってしまいましたが、今作のエネルギーはかなり凄いのも確か。できれば、ブレードランナーのように様々なバージョン違いを出してほしい。もっと終始ドライなシナリオと演出で。

理想としてはラスト逃げ出すのではなく、やっぱりやめます、と言い、言われた職員が、では中止手続きはこちらで、となり、中止に関して支度金として支給された十万円の返却をお願いしております、こちらは一括と分割がありますのでどうなさいますか、的な事務的な淡々とした会話の後に、お金を渡していたコールセンターの人が渡されたお金で返還完了とか(あの渡したお金は伏線だったのだ、的な)。まあ、好みとしては事務的な手続き後、中止してその施設から出て、劇中にあったラストシーンみたいに景色を見て去っていく、とかが良いなあ。という勝手な妄想は以上です。
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