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世界が引き裂かれる時/クロンダイクの文字のレビュー・感想・評価

5.0
まず、今回の戦争が<自由>をめぐるものであるということを再確認した。それはつまるところ、天上のパンか地上のパンかというかの問題に集約される。ヤリクの末期の、トリクに向けた言葉がそれを的確に示していたように思う。
二重の意味での、世界の裂け目を表現した作品だったように思う。現代における「裂け目」の位置について考えさせられた。
2014年から続く件の戦争のその最前線においては、極私的な(そしてオイコス的な)領域、親密圏にまで侵食してきているということ。そしてそこに公的空間の形成など不可能であるということ。ドンバスこそがこの世界の中心であり、裂け目であり続けている。イデオロギー的な要素など微々たるものに過ぎない。全くないわけではないが、暴力的なシーンが本作において排除されていることは実存や生活を脅かす出来事として戦争を捉え表現しているようにも見える。
さながら「戦争においては、現実を覆っていたことばとイメージが現実によって引き裂かれてしまい、現実がその裸形の冷酷さによって迫ってくることになる。冷酷な現実として、ものごとの過酷な教訓として、戦争は、純粋な存在をめぐる純粋な経験というかたちで生起する(TI)」。これほど現在の地点を言い表している言葉もないだろう。観ている間ずっとこの言葉を思い出し、反芻していた。残念ながら未だにこの地点から私たちは出発しなければならない。
しかしながら、もう一つの裂け目は同時に、彼ら(そしてわたしたち)にとって希望をもたらす「裂け目」でもある。
件の戦争経験は自然環境、社会環境、そして諸個人の精神環境に甚大な荒廃を与えるものであるが、それは世界の否定的経験に係っている。戦争の最中でも、荒廃した家屋の中でも、一つの生の誕生がある。それは世界への新しい生の挿入であり、その世界の「裂け目」にこそ新たな可能性があるということ。私たちは世界の存続をその裂け目に賭けるしかない地点まで来ているということ。この喪失をいかに捉えれば良いのだろうか。
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