ロー・ウェイと袂を分かち、ゴールデン・ハーベスト下で良作を量産していたジャッキー・チェンが、ついにあらゆる映画を凌駕する傑作『ミラクル/奇蹟』を生みだすことで知られる1989年。そのかけがえのない年から遡ること幾星霜、ジャッキー・チェンが愛してやまないキートンが、ひそかにその奇蹟の到来を予告していたこと、そしてジャッキー・チェンがその予告に誠実きわまりない忍耐で応答していたことを心から祝福したい。というのも、カメラマン・キートンが原則としてハンチングを後ろ向きに被ることをみずからに課す厳密さがこの映画のアクションを決定していることは疑いようがなく、その後、新米ギャングを演じることになるジャッキー・チェンは、ほんの1秒にも満たぬ帽子をめぐるアクションに、気の遠くなるほどのテイクを重ねることで、キートンの厳密さに応答していたことは誰の目にも明らかだからだ。
ところで『ポリス・ストーリー』でのバスをめぐるアクションは、そもそもキートンがいなければ生まれえなかったことは改めていうまでもないが、『カメラマン』でのキートンとサルの協調を目の当たりにして、『ファイナル・プロジェクト』におけるジャッキー・チェンとコアラの戯れを思い出さずにはいられまい。そしてその歪な邦題で知られる作品の原題が『警察故事4』であり、ジャッキー・チェンの代表連作「ポリス・ストーリー」の一部を構成する傑作であることも念のため付言しておきたい。
フランク・キャプラの映画をリメイクすることで、アクションからのある種の脱却を志向した『ミラクル/奇蹟』は、そうした代表連作を差しおいてジャッキー・チェンみずから認める自身の集大成的作品であることは特筆すべきことであり、キートンがアクションを封じた(「封じられた」という認識が正しいなどといった史実的な確からしさはこの際どうでもよい)『カメラマン』が、その奇蹟の到来をハンチングへの執着によってあらかじめ告げていた事実に、動揺せぬ者などいるはずがない。