ジョンドウ

死と父と息子のジョンドウのネタバレレビュー・内容・結末

死と父と息子(2017年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

観ました。

オンライン映画祭 第8回「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」より。短編作品は無料なので是非。青山シアターAppにて視聴。

天使が活躍するアニメ観てから天使に憧れる死神の子が、死神である父の元を離れ天使のように振る舞うも全くうまくいかない。ちょっぴり悲しいお話のように感じた。

序盤の朝ごはんに死神の子ミシェルがゴキブリフレークを食べるシーンからこの映画の主題を表していたように思う。ゴキブリフレークを朝ごはんに食べる者が天使な訳がないし、天使には慣れないのである。死神の子は死神の子なのだ。まさに「蛙の子は蛙」である。

天使のアニメを観たミシェルがその天使のように人助けをしようと奮闘するも、ことごとくじぶんが干渉したものは死んでしまう皮肉さが印象に残る。その描写に手抜きが無く徹底していたのが好印象だ。
純粋な気持ちが起こした不幸な結果によるグロテスクがストップ・モーション・アニメーションの魅力である「物としての実在感。可愛らしさ。」に対してのギャップとなっていてやりきれない悲しさを増幅させる。

天使のように助けようと奮闘するも、助けようとするものが全くもって〝天使的ではない〟点に一番皮肉を感じた。彼が一番初めに助けたのは、精肉予定の牛なのである。悲しい。
助けられた牛は牛である。牛を助けたミシェルは良い事をしたという嬉しそうな描写をするも、最早食べられる為に生まれてきた牛こそは至って普通の表情なのである。この牛というモチーフからもこの映画の主題である「逃れられない運命」を表しているようにも思った。

父さんの仕事。ザエンドからの牛を助けた事によって死んだ人々。残された子のために魂を戻すがゾンビに。子供食われゾンビに。徹底的。通りすがりの探検隊3人組。同様に食われる。落ち葉の木に寄り添う死神子。自分の運命を受け入れた。ファンタジーランドでの父と子。エモい音楽。ちょっと悲しい話。