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The Blue Hour(英題)の強いのレビュー・感想・評価

The Blue Hour(英題)(2015年製作の映画)
4.2
『Blue hour』は丁度、昼と夜の間の青い時間のことを言うそうです。

限りある狭間の儚い時間。対極にあるものの谷間は、空の色だけではなく、何事にも存在すると思う。普通と異常、本音と建前、子供と大人、男と女、体と心。
このタイトルが意味するところならば、そういった全ての狭間の事であり、いつか必ず終わってしまう迷いや、有限の時、色が定まらないグラデーションである危うい思春期やその焦燥の事かと思う。
(海外の作品に日本語的な事を言うのもどうかと思うが、日本語を主たる言語として使う私にとっては、青春や若さを意味する「青い」すら感じてしまった。思春期の時代を「青」と表現するのは万国共通なのだろうか。)


ゲイであることで家族にも愛されていないと感じながら学校でもイジメを受け、同性愛嫌悪の父親とは特に上手くいかず屋上の部屋に暮らすタム。
どこにも価値を見出だせないタムは、ネットで知り合った男・ファムと逢瀬を繰り返すようになる。彼はいつも「幽霊が出る」という廃屋にタム呼び出し、セックスをして、雨水とゴミの浮く黴たプールサイドでお喋りをする。
カミングアウトをしてから一人で働いて生きているというファムにタムは惹かれていく。

ある晩、ファムは大量のハエが飛び交うゴミの山へタムを連れて行く。そこはかつてファムの家族が昔持っていた土地だったが、他人に奪われてゴミ捨て場にされたのだ、と。
ファムがトイレへ行く間、タムはゴミ山で遺体を見付けてしまう。気が動転する中で「家族が過去に奪われた土地を取り返し売却して、金持ちになって一緒にいよう」というファムの言葉に突き動かされたタムは、父親の銃を拝借し、家を飛び出しファムと逃避行にでる。


家庭・学校に居場所の無かったタムにとって、カミングアウトをして強く生きているように見える自身と同類であるファムは「救い」であっただろう。思春期に出逢う“理解者”がどれだけ大きな存在であろうか。

このストーリーには大きなキーワードとして「幽霊」「神隠し」というホラーの文脈が出てくる。一見するとどちらかが既に死んでいるのではないか、とミスリードさせる表現もある。

だが、それ、全部ファムがタムに伝える台詞の中での話なのだ。ファムの台詞は一貫して、タムに語る口調。そしてタムの受け取り方といえば、初めての理解者に心を揺さぶられる思春期特有の疑わなさと素直さで言葉を額面通りに処理する鈍いもの。
更に不安定な状況下でタムが感じるすべての事は、精神的なストレスによる勘違いだ。
点が3つあれば顔に見えるように、幽霊だ神隠しだと言われながら、本物の遺体を目撃してしまったタムにとって、物音も人の形に見える汚れも全てが恐ろしい物に思えただけ。ありもしない“何か”に振り回されるのは、まさに思春期そのもの。勘違いだ。

愛した人を疑う、というのは経験則である。
愛された体感も無ければ、愛した人に掌を返されたこともない、愛し合うこと自体が初体験であれば不審に気付くことも出来ない。
ファムはタムの家族の事を知っていただろう。きっと土地を奪われた時から、虎視眈々とその機会を待っていたのだろう。
全てを幽霊のせいにして、家族のせいにして、幸せな未来をチラつかせて、愛を、教えて。


ラストシーンのタム役のガンのアップを忘れられない。全て悟るような、憑き物が落ちたような表情。
そして、水に入ることを提案するその瞬間、まるでブルーアワーは終わり、思春期が終わったと言わんばかりの。
理想の未来も、愛も、信じたものも、鼻から出るあぶくのように、水面の揺らぎのように、昼が夜に溶けるように消えていく。

映像は全編に「青」が散らばっている。
真昼の青空、夜の闇を月が照らす光、奥へ進むほどに深くなる腐ちて汚れたプールの水、いつか底を感じる事ができなくなるであろう川、そして胸を締め付ける彼のシャツ。
随所に不安を煽るような濁った青が使われる。

これはホラーの皮を被った、サスペンスだ。
確かに説明台詞は限りなく絞られているから、難解な映画といえばそうなのかもしれない。けれど、いちいち説明文で読まなくても受け取れるものが多すぎる。
そんで、多くはないBGMも生傷に指を入れるような不穏で良質なものだった。

ガンの芝居は本当に凄い。
理解らせる力がすごい。こうして彼の過去を見る度に、彼をアイドル俳優のように扱う事に違和感すら感じる程、本当に凄まじい目をする。
ちなみにアヌチャ監督、この映画を撮った後に撮ったのがドラマ『NOT ME』だそうで。監督は同じくアヌチャ監督だけど、「ガンの双子役を撮れるのであれば」と快諾したそうだよ。分かるよ。もう一度その目を見たいと思ってしまうもの。ちなみにNOTMEも傑作でした。

本当に、好きな映画だった。
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