美しい。時間軸がトロトロなのも良い。性行為の描写が多いが、性行為のような映画だと思った。
ケルンコンサートの音楽とは真反対なワチャワチャ劇。親に反発する力は世界に反発する力なのか。
鬱屈とした雰囲気と街の何気ない美しさ。青春映画のような絵だが、生命の瑞々しさは他人事のように映る。苦しい。助けてほしい。もうどうでも良い、といった感じか。
例外なく親子関係に問題を抱えた若き母たち、所謂毒親だが、その毒親たちもまた連鎖の被害者であって。
悪意を悪意で返すのではなく、愛してと懇願出来る人は強い。
自分の、家族のルーツを遡る、険しくも美しいセラピーのような映画だと思った。とても勇気のいることだと思う。ハンドカメラで撮られた家族の映画だけれども、スケールの大きさに圧倒される。
それぞれのキャラクターの変化が印象的だった。スキャンダルから覚悟を決めるアイドル。己の道を行っていたが、女が出来たことで魔法を使えなくなった男。とてもリアルに感じた。
素人の演技臭い場面と、明らかに演技では撮れないショットのギャップ。
川のそばのレストラン、大学キャンパス、家のなか。空間的に狭いと感じたが、窮屈ではない。
ミニマルな装置で自由に作られた印象だった。
久々のゲリンということで肩の力が入っていたが、相変わらずの世界に引き込まれた。
恐らく原型は殆どとどめていないだろうという加工だらけの映像と音。原色むき出しにコテコテに編集を加えられているのに、むしろ心地よい。VRで読む散文詩のような体験だった。
森の中でも都会のギグワーカーのように次から次へと仕事をする人たち。祖父の時代は良かったと言いながら、子どもたちはスマホに夢中。システムの恩恵を受けるなら、システムに組み込まれることも受け入れなくてはな>>続きを読む
水で浸された部屋は、スクリーンの中では美しく見える。ツァイ・ミンリャンの映画を思い出したが、これはドキュメンタリーか。
ポンペイの人々が亡くなったのは、千年以上前のことだからだろう。その悲劇は科学の対象として扱われている。
消防署にどうでも良い電話をかけてくるおばあちゃんのリアリティが際立つ。
上映終了後の監督Q&Aで初めてこれかが2001年の映像だということを知った。そこで見た映画の印象がガラッと変わったのだった。
静かな島に、外国人風のよそ者2人。というのも、2人とも英語を話すからだ。波のリズムは気持ち良かったが、少し気取ったようにも感じた。
ん、どういうこと。よく分からんわ。けどいい時間を過ごした。そんな映画体験。
言葉が多すぎて最初は圧倒された。小説を読みながらテレビドラマを観ているような気分になった。そのうち、その小説とドラマは同じ物語を語っていることに気がついたが、両者には少しのズレがあるようだった。
新品の洋服がへんに綺麗で、安っぽくて、とにかく合わないけれども、合わないことを今からしにいくのだなと納得した。
なんとか生きている人々。都会にはたくさん人がいるけど、騒がしくなればなるほど淋しく感じる。
夜を走る電車は市内を回っているのか、どこか遠くに連れて行ってくれるのか。
登場人物全員が滑稽で愛らしい。みんな淋しくて酒を飲んで、異性を追いかけている。それによって満たされることもあるし、そうでないこともある。
制作するにあたって、沢山稽古も勉強もされたのだろう。映像と演技に気迫を感じたのだが、劇中で言われていたような「すべては芸のため」という狂気的な気迫ではなく、他者の視点を意識した場所からくるような気迫、>>続きを読む
自分以外の人間のことを距離を保って観察しながら、どこか自分のことをその人たちより優れていると思っているように感じられるキャラクター。人間関係を失敗させる為のレシピ。
説明的で無いのが良いと思った。こういう属性の人は、こうこうこうで、可哀想です、みたいな説明や意味付けが無い。
キャストというキャストは6人しかおらず、それ以外の人物は会話には登るが、顔は現さず。しかし物語には決定的な影響を与える。物語が展開する場所も限定的であり、すごく小さい、縮こまったものでありながら、どこ>>続きを読む
誰も悪くないのにみんな不幸になる。政治情勢、地政学、歴史など個人が対処するには大きすぎる問題にやるせない気持ちになるのは見ているほうも同じだろう。