イギリスの社会派リアリズムと人情喜劇のある種の系譜がしっかり感じられるのでなるほどとなった。母親との関係の描き方など絶妙。こういうところでも本当にスーパーグラスとかオアシスとかかけなきゃダメなの?とは>>続きを読む
音響(あとコスモ・シェルドレイクの劇伴も)が良いなーと思ってたら、ジョニー・バーンが一部参加していたと知る。ランティモス作品で活躍してる人、他の要素もいろいろランティモスっぽくていかがなものかと。
世>>続きを読む
すごく楽しい。恐怖や絶望と裏返しの期待や興奮、だから「予感」の映画なんだろうと、ホラーゲームが原作だからというのもあってそう言ってみることができるとして、その裏返しな予感の様態それ自体が突き動かされる>>続きを読む
帰還兵とか軍用犬とかブラピの近年作のキャラクターとかを考えるには面白いけど作品自体は曖昧かつ単純
そもそもなんで開示するのかという第一の問いが驚くほど弱く、それでも見せると決まった途端に映画が猛烈に動き出す。テレビや携帯の画面、マーガレットの身体、異言、動物の姿、他者を媒介して現れる存在、記憶、再>>続きを読む
レオン・ラッセルが主人公になりきらない歪さ、面白い。奇妙な空洞ができている。あと、音楽と映像の自律性はかなり厳密だと思う。音楽のことをよくわかっている。
相変わらず本編が予告編みたいで、そのうえ辿々しい。物語を直角的にデリバーするばかりのノーラン。洞窟に入ってポリュペモスを見つけるまでと、そこから脱出するところとか悪くないのにその間の緊張感を持たせられ>>続きを読む
胸が締め付けられる明暗。主役としての都市と男女の破局という方法の獲得がここか。アジンが吸い込まれてしまったような終わり方
ヘルツォークという監督は、ポップカルチャーなんだな。ある意味で映画が早すぎる。乗り合わせた感覚で楽しめる作品
『バルタザール』における分割の作用の一部がショット内部へ移されたような次作。身体がある状況の中に一定時間置かれ、そこで身振りが変質していく。ショットの持続は身体が環境の力に捕まっていく時間としてあり、>>続きを読む
人間の残酷さや村社会の醜さがロバを通じて表現されている道徳的表象の映画というよりは、暴力そのものがショット間の繋がりによって生産されてしまう、観客をかなり巻き込むタイプの作品と見える。ロバの尻尾に火が>>続きを読む
90年代に、無名の新人がネット民俗を長編映画にまで仕上げ大ヒットさせるという夢を見ていたアメリカ人がいたかはわからないが、とにかく実現したと。それが虚ろな空間についてのものとは、悪い冗談のよう。別世界>>続きを読む
死体は増えるが物語は大きく発展せず、殺人はヘンリーを変容させず、ベッキーを救っても救済はなく、オーティスを倒しても秩序は回復せず。行為があっても未来が築かれない。エネルギーはあっても生成力には結びつか>>続きを読む
意味作用が透明すぎる、発見より認証ばかりが来る感じ。いくら馬鹿馬鹿しいコメディでも、空虚な人物と人物の空虚さを取り違えたらおしまいでしょ。『ボトムス』もそうだけど、こんなものをありがたがらなければなら>>続きを読む
何やらいろいろひっかき回しているが、既存の何かしらの約束を壊すための操作ではなく。問題が複雑だから形式が壊れることと形式を壊すと問題が複雑に見えることは別。一番ガッカリさせられるのは戦闘シーンの無魅力>>続きを読む
本編が予告編みたいな作品、よくわからない。あとジェイコブ・エロルディって何がええねん。夜間のリーパーズ襲撃シーンと、騎馬隊に挟撃されながらセスナを離陸させようとするシーンはそれぞれ異物的でさすがに面白>>続きを読む
手持ち撮影、浅い被写界深度、人物に妙に近いカメラやズーム、ぶつ切りの編集、会話の間を気まずく引き延ばす、急に音楽を切る、場面を「きれいに」着地させない…もういいよこういうのと思っちゃうけど、多分本質的>>続きを読む
空間把握と見えることと見ていないことは別問題と。それらを並行させ、妙な寄りや引きのショットで情報量を操ってハラハラさせるけど、驚かし方にはある程度品がある。
作劇には少なからず疑問が残るが、それでもジャックマン&ハドソンの輝きは映画館で見たかった。特別ではないかもしれない人たちがパフォーマーとして輝くのを、役者が役を演じることで描くという、ありきたりで素敵>>続きを読む
かつて風刺した「肥大したロックのレガシー」そのものに映画が近づいてしまったとの海外評を先に見かけたが、まあそうかも。ロブ・ライナーの作家性(?)たる「発言・主張と応答・反論」のポイントでもそんなに驚き>>続きを読む
ストレンジャー・シングスのセイディー・シンク、セヴェランスのトラメル・ティルマン、The Bearのライザ・コロン・ザヤス(とジョン・バーンサル)、ベター・コール・ソウルのマイケル・マンドが見れる、T>>続きを読む