Eike

アウトサイダーのEikeのレビュー・感想・評価

アウトサイダー(2020年製作のドラマ)
4.0
ミステリーとして始まり、ホラーとして幕を下ろす「大人のためのホラー」

現代を代表する人気作家、S・キング。
1973年に「キャリー」が世に出てからもうすぐ半世紀。その間に発表された作品がことごとくベストセラーとなっている訳だから恐れ入る。
その存在は出版界のみならずアメリカのポップカルチャーにおいて大きな位置を占めている訳だが70歳を超えた今もバリバリの現役。
したがって、その正当な評価はおそらく彼が鬼籍に入るまで待たねばならないのであろう。
アイデアに富んだ物語に加えてみっちりと書き込まれた登場人物の背景、その圧倒的なディテール描写は単純に考えればドラマ・映画化にとっておあつらえ向きだと言えそうだ。
しかし、いざ映像化するに当たっては細心の配慮と熱量をもって当たらない限り、原作の利点を生かしつつ、ファンの期待に応える作品に仕上げるのは至難の業。

事実、無数にあるキング原作の映像化作品の中ではっきりと「成功作」と呼べる作品は実は一握りであるのが現実だ。
ざっと挙げるなら「キャリー」、「スタンドバイミー」「シャイニング」「「グリーン・マイル」「ショーシャンクの空に」等だろうか。
そこに近年の「IT」が世界的に大ヒットしたことでキングバブルの再来といった感がある。
遂には過去作のリメイクの波までが起きているほどなのだ(既に「キャリー」や「ペット・セメタリー」などが再映画化済みで、TV、ストリーミングを含めればその数はさらに多い)。
本作は2018年発表の同名小説(邦訳は今年出たばかり)をもとにした全10エピソードのドラマシリーズ。

ここ10年くらい、「ホラージャンルのエンターテインメント」のスタンスは大きく変化してきたように感じる。
一番の特徴はコンテンツを発表するチャネルが一気に拡大したこと。
NetflixやHuluに加えてAmazonやYoutube、Appleといった、これまでコンテンツ制作とは無縁であったビジネスまでが雪崩を打ってオリジナル作品の制作に乗り出す状況が生まれ、ホラー作品は低コストで一定の集客を見込めるという認識から、その数を増やしている印象だ。
作品の量が増えることにより、その内容についてもバラエティが徐々にではあるが増えつつあるようにも見受けられる。
依然として低予算で質の面で期待外れの作品が多い中で、ホラー映画をシリアスに捉えなおすことを試みる作品もぽつぽつと目につくようになってきた。
それがギレルモ・デル・トロ氏やジェームズ・ワン氏といったクリエイターの台頭につながり、質的にも無視できない作品が目につくようになって来たのが現在のありようではないだろうか。

近年のキング作品で言えば前述した「IT」や「シャイニング」の正統続編である「ドクター・スリープ」もプロダクションバリューが高く、「ドラマ」としても見ごたえのある作品になっていて、このジャンルの「成熟」をうかがわせるものになっていた。
そうした「大人の鑑賞にも耐えうるホラージャンル作品」の系譜に加わることになりそうなのが、本作「アウトサイダー」である。

ジョージア州の小さな町で起きた凶悪な事件。
少年が惨殺され、複数の目撃証言と物的証拠から地元の教師が逮捕される。
しかし彼には事件発生時に別の町にいたことを示す完ぺきなアリバイが。
やがて起きる悲劇の連鎖の渦中で担当の刑事、ラルフ・アンダーソンは謎に満ちた事件の真相を追求するのだが・・・

本作で言えばこの導入部は完全に「ミステリー」だ。
近年のキング作品はかつてのようにホラーとしてのエッセンスを前面に打ち出してグイグイと押し切るような作品は減ってきている印象があるが、それはもちろんホラーとしてやるべきことは全て過去の作品でさんざんやり尽したためだろう。
本作のアプローチはその上で物語に弾みをつけるためにアイデアを盛り込んだ結果と言えるだろう。

本作、興味深いのは登場人物たちが押しなべて中年以上のアダルトであることもあり、非常にシリアスで序盤はあたかもBBC発のクライムドラマを見ているような雰囲気であること。
これはアメリカ産のジャンル系ドラマにしてはかなり異色と言っていい。
もちろん物語の進展と共にホラーとしてのネタが徐々に浮かび上がって来る訳だがこのミステリーとホラーの両立というのは中々トリッキーだ。
ミステリはいうなればリアリズムと論理によって成り立つジャンルな訳だが、一方のホラーは論理では割り切れない超自然の要素と既成概念を超えた展開を「リアルに描くこと」にこそ醍醐味があるからだ。
本作で言えば序盤は同じ人物が同時に別々の場所に存在するという「あり得ない」状況を提示して見る側の関心をガッチリととらえてくる。
それは「あり得ない」ことがなぜ起きたのか?というミステリに対する関心故だ。
しかし、もしその理由として「超自然」の要素を突然提示されたらどうなるだろうか?
ホラーだから「何でもあり」とすんなりと許せる視聴者ばかりではないだろう。
むしろそれを「逃げ」と見なして期待外れと感じる視聴者も多くなっても可笑しく無かろう。
その意味ではきわどい線を攻めている作品という気もする。

本作のアプローチはかなり異色。
というのも次第にミステリーからホラーへとトーンが変容してきても依然としてアプローチに関しては徹頭徹尾シリアスだからだ。
その点で全10エピソードで各エピソードで正味1時間みっちりと時間をかけられるという点の意味は大きい。
人物描写、ニュアンスを生かした会話場面などにも力が注がれていることでドラマとしての体裁が十分に整えられているからだ。
性急にホラーに転調しない展開は結果として「まじめなホラー」としての印象に繋がっている。
物語が理詰めでは収まりがつかなくなった時点からがホラーとしての本筋になるのだろうが、ミステリーからホラーに転調しても視聴者の関心をつなぎ留めることはできるのか。
本作のアプローチは間違いではなく、というか唯一の正解という気がしてきた。
つまり物語の進展の中で見る側の関心としてミステリーとしての「謎解き」よりも展開される「恐怖」への関心が大きくなればいいのだ。
それを実現するには徹底してシリアスに恐怖を構築する他に手はない。

とは言うもののそれは容易な事ではない。
本作でそれを支えているのは演出と演技陣の熱演だ。その点で主演がB・メンデルスゾーンである点は大きい。
幾つもの作品で地味に脇を固めて来たベテランゆえに演技力に関しては折り紙付きであり、それでいて「主演」としては新鮮な印象もある。
それもあって、思いのほか、するすると物語に引きつけられてしまう。
彼が根っからの刑事で、ともすれば超自然の存在に対しては否定的であろうとするおかげで本作の「荒唐無稽さ」は比較的巧く抑えられているようにも思える。
彼を支える周囲の配役も華はないものの実に手堅い布陣で、やはり本作の「シリアスな大人のためのホラー」の印象を補強している。
デジタル時代の到来により役者の演技を重視するようなジャンル作品が見当たらなくなっている現状を考えると本作のアプローチは猶更に新鮮に映る。
こうした作品がもっと増えてもらいたいものだ。
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