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トーク・トゥ・ハーのWILDatHEARTのレビュー・感想・評価

トーク・トゥ・ハー(2002年製作の映画)
4.1
『種と種を蒔く人』


監督ペドロ・アルモドバルは神話的なプロットを現代の設定の中に再現して見せることにより我々の倫理観や愛に対する価値観に揺さぶりを掛ける。

種を蒔く人、ベニグノ。
この物語は、自分の殻の中に閉じこもって生きてきた天涯孤独の男が他者の人生に再生をもたらす一種のお伽話であろう。


幼稚で、独り善がりな愛。
誰とも繋がることが叶わず行き場を失った孤独な愛の行き着く先は眠り姫アリシアへのレイプだった。
そうしてアリシアの中へと注がれたベニグノの愛は眠り続けていた彼女を覚醒させる。

看護士であったベニグノは事故による後遺症で四年もの間昏睡状態のままのアリシアに根気強く語り掛け続けていた。
その一人語りの中にマルコを登場させることで、彼女が目覚めた後の恋を見事に演出して見せるのである。
彼はキューピッドの如くアリシアとマルコとを結び付け、二人の人生に再生と歓びをもたらす。


人間にとって最大の恐怖は、自分が生きた痕跡が跡形もなくこの世から失われてしまうことにあろう。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」においてセルマが自身の処刑の直前に歌った歌を「最後から二番目の歌」と呼ぶことは、人生の痕跡を永遠の時の中に刻み付けようとする彼女の堅固な意志表明であった。


ベニグノは最初から死ぬつもりだったのだろう。
そのベニグノが自分の種をアリシアの中に残そうとして胎児の死産を知った時の絶望たるや如何ばかりだったことか!
しかしながら、先述した様に彼の蒔いた種がマルコとアリシアの新たな恋として結実することによりこの物語は別の物語へと昇華されることになる。


けれども、ここで我々鑑賞者の脳裏に甦るのは度々画面の中に出現する、アリシアの病室のベッドサイドに飾られていたロケット型のラバランプ (ラバライト)である。( ラバランプ → https://youtu.be/bS3jYIQY6E8 )
ガラスのシリンダーの中の二種類の液体はさながら男女のメタファーだ。
二つの液体はエロティックに絡み合って交じり合い、この物語の中の二組の男女が織り成すドラマがまさしくそうであった様に不可思議な紋様をガラス容器の中の世界に描き出す。

だが決して二つの液体が溶け合い一つになることは無い。
一つになることに恋い焦がれることは許されていてもその想いが報われることは永劫の時を経ても訪れぬと言わんばかりに。

それでも、報われぬその想いが種子となりまたしても新たに不可思議な愛の物語がこの世に芽吹く。


我々は、永劫の時の中に連綿と紡がれゆく不可思議な物語の一部なのである。


実に深い余韻を残す見応えのある秀作ドラマだった。


↓幾度どなくサントラを聴いてきたけど、これが一番お気に入り☆「Raquel / Bau」
https://youtu.be/lobMPZHeNgI
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