やっぱりカルカン

オッペンハイマーのやっぱりカルカンのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

日本での公開がまだどうなるか分からない段階で図書館のWebOPACを見てみたら予約が0だったので、すぐ原作本を借り上下巻とも読了しております。
その後無事公開が決まり、滅多に映画館には行きませんが、これは観ておかないとと思い水曜日に有給を取りました。

時系列がゴチャゴチャなので、事前に原作本を読んでいたのは大大大大大正解でした。これさえ履修していれば、映画でよく分からない部分はほとんどないでしょう。
見終わったあと「なんだかあまり理解できなかったわね」「一部だけなら分かったのだけどね」など話しておられる方がいらっしゃいました。時々突然過去の話や回想になるので予備知識がないと確かにそうだと思います。

原作本か映画か、どっちが先の方が良いかな?と悩んでいる方がおられましたら確実に原作本を先に読むのをおすすめします。
全体が3時間と長いこともありますが、例えばシュバリエがキッチンで話し始めたので「事件」のシーンだな、といったように予備知識があった方が重要な部分に注目して観ることができます。

登場人物の多さもそうです。
この映画には重要な人物が多数登場します。アインシュタインは知名度があり顔も有名ですが、他の科学者はその道の人でないとほとんど知らないと思います。誰が何をした、いつどこで会った人か(オッペンハイマーは複数の大学で学び、複数の大学で教鞭を執っています)など映画を見ただけでは難解に感じる部分があります。時系列シャッフルの関係もあって初見だと所々「これ誰??」となってしまうと思います。

原作序盤の幼少期、学生時代、両親の話、オッペンハイマーのパーソナリティ、終盤の晩年および死去に関してのくだりは割愛されており最も重要な聴聞会をベースに過去の回想シーンと現在のシーンを行ったり来たりして3時間の上映時間でまとまっております。

簡単なストーリー↓
原爆の父J・ロバート・オッペンハイマーにまつわる実話を基にした映画。原爆投下で時の人となったキリアン・マーフィー演じるオッペンハイマーに対し、良く思っていないロバート・ダウニー・Jr演じるルイス・ストローズが個人的な恨みから「あいつは共産主義者でソ連のスパイなのではないか?」と言いがかりをつけ、ストローズに極めて有利な聴聞会が開かれます。確かに過去、怪しまれるかもしれないような行動はあるといえばあったので、オッペンハイマーの地位は思惑通り一度失墜しますが後に誤解だったことがわかり信頼回復、ホワイトハウスで表彰されるまでを描いています。

その信頼回復の部分について、最後はちょっと尻すぼみに感じました。
本を読んでもオッペンハイマーという人はよく分からない、掴みどころのない感じでしたが、いくら天才の中の天才と言っても人の心はあったんだな…という感じでした。
もし原作本が長すぎて全部読むのが大変だという方は、上巻の学生時代とオッペンハイマーが恋愛し始めた頃から下巻の聴聞会決着、ホワイトハウスでの授賞式あたりだけでも読んでおくとより楽しめるかと思います。
なお、上下巻とも480ページあります。
物語ではなく伝記寄りなので、映画よりもさらに登場人物が多く、友達の嫁の話や弟の話など、オッペンハイマーに直接関係ない無駄話(?)も多いです。
映画ではそういった無駄な部分を排除して、印象的+重要な事象だけをピックアップしてうまく3時間にまとめていたと思います。

物理学とニューメキシコを一緒にできたらどんなに良いことか、みたいな内容の発言があったと思います。原作にも出てくるのですが、私はずっと「馬鹿なことをしたなぁ」と思っています。本人がトリニティ実験のあとでどう思っていたかは分かりませんが、物理学とニューメキシコを一緒にした結果世界もニューメキシコもめちゃくちゃになってしまいました。
何というか…天才の考えることはよく分からないというか、オッペンハイマーは純粋であり不器用な、私のような凡人が考えるよりずっと人間らしいところがあった人なのかもしれません。

ファットマンとリトルボーイが木箱に入って運ばれていく所は涙が溢れました。一度手を離れたらもう情報はもらえない、キティの「まだ5日じゃない」に対し「日本はもう6日だ」と言ったオッペンハイマー。焦燥感がとても伝わってきました。

日本の被害の様子を記したであろう写真または動画のようなものを見ているシーンではショックで画面が直視できないオッピー。たまらず「目を逸らすな!しっかり見ろ」と心の中で思いました。
その際、写真または動画を見せている人物により防空壕か洞穴状の場所にいた者は被害が少なかったこと、縞模様の服を着ていた者は体が縞状に焼けていたことなどの説明が口頭でなされます。

後にオッペンハイマーが、広島・長崎の原爆投下時(直後)に亡くなった人数と一定期間を経て最終的に被曝によって亡くなった人の数(合計約21万人)を聞かれてはっきり答える場面があります。
「分からない」とか、しどろもどろだったり、口篭ったりする様子はなく比較的スムーズにきっぱりと数字を答えています。責任感からか、科学者としての興味か、その両方か…原爆が自分の手を離れても「結果」はしっかりと把握し、理解していた様子が分かります。
個人的にこれは原作では分からない、オッペンハイマーの頭の中を少し窺い知ることができたような名場面でした。
なお、オッペンハイマーは既にFBIの監視下にあった1960年9月に初来日し、東京・大阪を訪問したものの広島・長崎を訪れることはなかったそうです。
当時は行動も発言も相当慎重になっていたと思うので、もし監視がなかったら広島・長崎に行っていたのではないかと個人的には思います。

「私の手は汚れてしまったように思います」と言ったオッペンハイマーにトルーマン大統領が言った「日本人は私(原爆を落とした人間)を憎むだろう」「お前ごときが案ずるには及ばない」「あの泣き虫を二度とここに呼ぶな」のセリフは深く突き刺さりました。

古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節で、オッペンハイマーが抜粋して言ったとされる有名な「我は死なり、世界の破壊者なり」をセックスシーンに登場させることで新たな命を創造する行為と世界の全てを破壊する行為の対比になっているのだと思いますが、個人的にはちょっとキモかったです。

2回見に行くほどではないですが、3時間あっという間でした。いびきかいて寝てる人さえ居なかったらもっと最高だったのに。
地上波でのテレビ放送は難しいので、BSのNHKか日テレ、松竹辺りでいつかノーカット放送してくれないかなぁと思います。
本で読んだ内容がどう映像化されたか、という意味では見てよかったです。

原作ではストローズが本当に執拗で、何年にも渡り尾行・盗聴・監視が行われるなど何でもありだったことからオッペンハイマーも相当悩まされたみたいですが映画だと幾分か、あっさりしているように感じました。
あとはオッピーの周囲からの慕われぶりや可愛らしい一面なども原作より薄めでした。当時はオッピー狂信者みたいな人もいたようですが、まあ神格化や特別扱いをしてしまうと、少し映画のテーマからは浮いてしまいますからね。

最後の「破壊した」はちょっと抽象的な感じでしたが、「我は死なり、世界の破壊者なり」の世界の破壊者になったという意味や、時は戻らない(原爆が無かった時代とある時代は全く別世界だ)、または世界をひっくり返すような、森羅万象の理をがらっと書き換えるようなとんでもないことを我々はやってしまったんだよという意味かなと思いました。それを聞いてアインシュタインは深く絶望した+それ見たことか、となったのではないかと。そりゃストローズには一瞥もくれない訳です。

ロバート・ダウニー・Jrは59歳ですが、本作ではいい感じにおじいちゃんの様相を呈しており、言われなければアイアンマンの人だと気付かない可能性もあるほどに感じました。
若いと思っていたマット・デイモンもいつの間にか53歳…役作りのためにわざとだったらすごいのですが、微妙に痩せている時と時系列の後の方になればなるほど太っていたような気がして、個人的に見所の一つでした。
また、ラミ・マレックがいい役で出てます。少々盛り上がりに欠けましたが、スカッとしました。
キリアン・マーフィーも相当なダイエットを行ったようで、スマートなオッピーにかなり近づいています。

トリニティ実験やオッピーがベッドで悶々としている時の光のぐるぐるなど、CGは使っておらず全て実写の映像というのも興味深かったですね。

原作本には秘蔵写真もたくさんありますので、映画とオッペンハイマー博士のことをより深く知りたい方は是非ご覧ください。
著者:カイ・バード、 マーティン・シャーウィン
題名:オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇(上・下)
出版:PHP研究所

あと、トリニティ実験はYouTubeに当時の動画もあるのでよかったらどうぞ。
映画ではそこまで再現されていませんがしっかり引きの画角でキノコ雲も映ってます。
https://youtu.be/7dfK9G7UDok?si=F2C1eFY18GnOZXcA
以下はガジェットが引き上げられる様子、やぐらの上に設置されたガジェットを含む爆発の映像です。
https://youtu.be/22pycQU_w-Q?si=d_wmKIuijHrmJ6xl