Sugi

オッペンハイマーのSugiのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.7
「原爆の父」オッペンハイマーの苦悩を描いた作品だが、日本人は本作の主人公の描かれ方にもっと異論を唱えて良い気はしている。
確かに人道と科学の狭間の葛藤は描かれているものの、原爆が戦争終結に大きな貢献をした、という「原爆肯定論」の存在が否めない作品。
原爆投下による戦勝国であるアメリカ、ハリウッドで本作が賞賛されるのは十分理解できるが、敗戦国の日本はこれを無批判に受け入れるべきではないだろう。「オッペンハイマーが英雄である」という前提に対する疑いが、本作からはあまり感じられなかった。

オッペンハイマー自身は、国からの重大なミッションとして、莫大なエネルギーを生み出す科学の進歩に大きく寄与した人物ではある。ただ、それがたとえ敵国とはいえ、人間の大量殺戮に使われる兵器であることにもっと思考を巡らせるべきだろう。「原爆が戦死者を減らし、余計な無駄死にを無くした」という原爆肯定論は、極めて米国に偏った見方であると考える。しかも原爆を落とす地が「伝統的な日本文化が残る」京都ではなく、広島・長崎に決定されたというその背景は、あまりにも残酷だ。彼らの死は、京都の「死」よりも価値が低いものなのだろうか?至極独善的な思考と言わざるを得ない。

また本作で描かれるオッペンハイマーに対する批判は、あくまで「親共産主義」であるという一点であり、「非人道的」だという批判は、やはりというべきか全く登場しない。水爆開発との比較では若干登場するものの、それもまたオッペンハイマーの答弁のロジックを苦し紛れに崩す為の反論に過ぎない。

オッペンハイマーに対する歴史的な評価はどうであれ、芸術作品としてその映像や脚本、音楽などが優れているという賞賛は一定理解できるものの、どうも日本では手放しに賞賛されている気がしてならない。
「世界唯一の被爆国である日本人なら見るべき」という広告手法がとられているが、それが誤って受け取られてはいないか。日本人なら、オッペンハイマーの苦悩に同情するというよりも、その裏側にある、米国としての歴史認識を疑う意識をもう少し持っても良いのではないか、と感じた次第。
Sugi

Sugi