光好尊

進撃の巨人 The Final Season 完結編(前編)の光好尊のネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

進撃の巨人は、〈社会の表象〉と〈自己の実存〉の領域を反復する。
少なく見積もっても、多くの人は、個々人は何らかの「正義」(やそれに類する何か)をもっているといえる。

さて、〈正義〉とは何か。ある者は「誰もが自由に生きる権利を」と主張する。
ところがどっこい、この「自由」は裁量的だ。なぜなら、社会には〈座席の数〉が限られているからだ。
黒人を社会の列車に乗せれば、席に座っていた白人が降ろされるかもしれない。
ことほどさように、個別な「善」を〈正義〉を区別するべきなのである。ジョン・ロールズの議論だ。

進撃は、この端的な事象の、〈社会の表象〉に成功している。
〈自己の実存〉の部分は、この個別な「善」は、いつまで経っても〈正義〉足りえないという端的な命題で表される。
エレン・イェーガーは、自分の決断(「善」)に絶対的な〈正義〉を見なかった。だから、仲間にストップボタンの裁量の可能性を与えていたのである。

したがって、進撃は、ジョン・ロールズの批判になっているとも言える。進撃では、個別な「善」から中立な〈正義〉を調整することはできなかったからだ。

しかしそれでも、〈正義〉を目掛け続けることが必要だ。大切な〈仲間〉のために。
光好尊

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