由衣

舞妓さんちのまかないさんの由衣のネタバレレビュー・内容・結末

舞妓さんちのまかないさん(2022年製作のドラマ)
-

このレビューはネタバレを含みます

是枝監督のメッセージを読まなかったら見れなかっただろうけど、見れてよかった
枠としきたりで成り立っている世界で、したたかでまっすぐに生きるすみれやキヨ、守りながらも変えようとする百子や吉乃、それにお母さんや涼子やバーのマスターなどなどみんなが愛しい物語 居場所を見つける、か
やさしいまなざしで残酷さを描く
舞妓さん芸妓さんの世界の、しがらみのある限定的な美しさ(を守ろうとする伝統?)みたいな部分、美化させてほしくないな〜と思って見てたから、百子のあり方は嬉しかった
百はなのまっすぐさは見習いたいし、つる駒の考えも肯定してくれるのには救われた

引用
わかりやすい形で、舞妓さんや芸妓さんを虐げたり、傷つけたりする人物は物語には登場させませんでした。それは溝口健二が既に描いていましたから。今取り上げるなら違う切り口で、と考えました。むしろ、自分がやりたかったのは、百子さん姉さんの恋人が体現するような、悪意はないけれど、彼女達の仕事を、自分と比べてどこか軽く見たり、本当はやりたくないのだろうと思い込むような、優しさに包まれて見えにくい潜在的な「偏見」でした。更にはそのような外部の目を手玉に取りながら逞しく生きていく吉乃の「賢さ」でした。
僕は、祇園界隈の成り立ち、現代のあり様は一つの奇跡だと思いましたが、ユートピアとしては描かないつもりでした。むしろ、あの空間と時間が、いつまでもは続かない限定的なものであり、だからこそ尊いのだという価値観で描いたつもりです。どこまで出来たかは、わかりませんが。
そこに人がやって来て去っていく。希望や失意を抱き、隠しながら。その繰り返しを誰かが見つめている。見守っていると言い換えても良いかも知れません。梓さんと田辺さんが鴨川沿いを歩きながら話したように。それは、八坂さんなのか、屋根の上のお多福なのか。もしかしたらキヨ?なのか。そうか。原作が描くキヨという不可思議な存在の本質は、そこにあるのではないか?と思いました。守り神ですね、ある種の。
由衣

由衣