スローボート

オールド・ナイブスのスローボートのレビュー・感想・評価

オールド・ナイブス(2022年製作の映画)
4.5
スパイ・ミステリーが大好き、とりわけお気に入りの作品のなかでどちらかというと地味系でシブい作品が映画化されるのはとてもうれしい。たとえば先ごろ公開された「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」。原作は小説より奇なるノンフィクション、ベン・マッキンタイアー『ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』。(小林朋則訳、2011年中央公論新社)
そしてこの四月八日からAmazon Prime Videoが配信している「オールド・ナイブス」(ヤヌス・メッツ監督)。原作はオレン・スタインハウアー『裏切りの晩餐』(上岡伸雄訳、2015年岩波書店、原題「ALL THE OLD KNIVES」。ここ数年のスパイ小説ではわたしのベストです。
映画に即していえばは2012年ウイーン空港でトルコ航空機127便がハイジャックされ、犯人と百人を超える乗客全員が亡くなります。じつはハイジャックの数時間後CIAウィーン支局に「犯人は四人、銃は二丁、後部の着陸装置からの突入がよさそう」とメールが届いていたのです。送付したのは偶然乗り合わせたCIAの連絡員でした。ところが、どうしてか彼の存在は犯人たちの知るところとなり、したがって後部の着陸装置からの突入はできなくなり、事態は大惨事へとつながったのでした。
なぜ連絡員の存在が知れたのか。連絡員に過失があった?それともCIA内部にイスラム過激派とつながる者がいた?疑惑は取りざたされたものの決定的な証拠はなく真相解明には至りませんでした。
八年後、米国が捕らえたイスラム過激派の一人が、事故に対応したCIAウィーン支局に内通者がいたと自白し、名前は口にしないまま死去します。これをうけてCIAによる事故の再調査と内通者=モグラ探しが始まります。担当するのは事件当時ウイーン支局のエージェントでいまも同支局に在籍するヘンリー・パルヘム(クリス・パイン)。ヘンリーはまず退職者で事件の際は局長補佐だったビル・コンプトンに接触します。彼の机上の電話からテヘランに電話がかけられていたのです。ただしこの部屋は誰も出入りができました。
ついでヘンリーはビル・コンプトンの直属の部下で、ヘンリーの元恋人、そして事件を機にビルと別れ、CIAを離れたシリア・ハリソン(タンディ・ニュートン)のいるカリフォルニアに向かいます。
こうして一組の男女が晩餐の席で向かい合います。物語は事件究明にともなう緊張とかつての恋愛感情が絡みあうなか、対話と回想により進行します。息詰まる心理戦でありながら、そこには恋人どうしだった男女ゆえの哀愁感が漂っています。ここのところをこの作品はとてもよく表現しています。劇場のスクリーンでも観てみたいわたしの偏愛の一作です。