速

走れ!走れ走れメロスの速のレビュー・感想・評価

走れ!走れ走れメロス(2022年製作の映画)
4.9
下北沢で目当てのラーメン屋はしまっていて、そのそばのカレー屋に入って、カレーはうまかったのだが、1,600円も出したカレーがうまくても……と思うと、喜びが薄れてしまった。

そして、そのヤケな気持ちのまま「走れ!走れ走れメロス」という映画を観たのだが、沈んだ気持ちが吹き飛ぶような素晴らしい映画だった。

「走れ!走れ走れメロス」はドキュメンタリー映画。舞台は島根県の高校だが、「分校」であり、生徒は七十名ほどしかいない。この分校で、四人の高校生が演劇を始める。

映画では慎重かつ簡潔な言葉選びで表現されているが、欠かせない要素なので、言及しておきたい。この「分校」の生徒には、中学でうまくやれなかった生徒も多いようだ。成績や素行がかんばしくなかったため、中学の先生から分校が向いているんじゃないかと言われて、不安をかかえて学校に来る。
この映画の「主人公たち」は、ある意味で当人の権利としてはっきりと、その屈託を語る。怖がられたことや、だめなやつらだと思われているんじゃないかという思い、それでも、かえって分校に来てなじめたという安堵や、いや、ここでも最初はうまくやれなかったという苦さ。

四人の高校生、特に舞台に立つ演者の三人は、情熱を持って演劇をやり始めたという感じではない。先生からやってみないかと誘われて、ためらい、それから熱中する。
各人が各能力を均等に上げて、役者になっているのではない。彼らのできることについて、練習を重ねて、最大限に力を発揮している。人間のかたちどおりにいびつだ。上手だ。しかし不揃いだ。

高校生たちの演劇活動は、不運に見舞われる。コロナウイルスだ。彼らの発表の場は、無観客となったのである。それでもがんばったというところで映画が終わるかと言えば、終わらないのだが、どうなったかは、観てほしい。

顧問の先生についても言及しておきたい。率直に言って、いわゆる天才とは異なる高校生たちを見たかった。これは少し後ろめたいような動機だが、私の本当の気持ちだ。それで、映画で登場してくる教師には最初わずかな不信感を持った。ひげがおしゃれだったからである。
中盤で先生が何の脈絡もなく大事なときに骨折していて、「これは本当のことなんだよな」と思った。映画内では骨折に何の説明もなく、教師はギプスを付けて生徒を引率する。先生のひげはおしゃれで、おしゃれな人間は、変な言い方だが、おしゃれでしかありえないままに頑張っている。

現在、下北沢では、劇団と彼ら高校生とが一緒に演劇をしている。あしたまでだそうだ。映画はしばらく上映するもよう。

いい映画だった。感動の盛り上がりがある映画とは言いにくい。場面転換が激しくてむしろコラージュのようだ。演劇とインタビューが細々と切り替わって、ひたらせてくれない。そこがかえって自分には心地よかった。
速