ラジオ子ちゃん

インスペクション ここで生きるのラジオ子ちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

閉鎖的な空間は集団(群衆)心理によって自己の考えや判断を奪うのにもってこいなんだろう。
その中で見出した小さな光たちは別の場所でも光と呼べるのか?
3ヶ月間の新兵訓練は、彼らを戦場に送り出すための独り立ちという以前に、
i-私という概念を徹底的に排除させるのが目的なのだろう。
(実際訓練中、一人称"私"は禁止されて"新兵"と訂正されていた)
そうなるとあの期間における【信仰】は自己を見失わずにいられる手段でもあったのか。
終了式後の晴れやかなムードも、
背後には赤と青のアメリカが付き纏い、手放しでは祝福できない気持ちで見守る。
暴力で支配されているからだ。

間違いなく、登場人物全員心のケアが必要なんだと思う。

尋ねないし、言う必要もないものを抱え、
家に帰りたい、と泣く者を抱きしめて自分には帰る場所がない。
セクシュアリティを黙認し続けている教官に束の間の居場所を見出すけど、
そもそも誰かに許しを乞うものでもない。
唯一の家族は海兵になったことだけを誇りに思い、根本のアイデンティティは受け入れてくれない。
家族というものを、"愛し合って、分かり合えて当たり前のもの"とするほど辛くなる。
希望を持つたびに途方に暮れ、絶望するあの感じだが見事に表現されていた。
どんな境遇に陥っても向き合い続けたフレンチ。
それを生きて作品として残してくれたエレガンスブラットン監督。

公式サイトのコメンタリーにある宗教社会学者の藤本准教授のコラムがとても良かった。
特にDADTについて。