マーフィー

チョコレートな人々のマーフィーのレビュー・感想・評価

チョコレートな人々(2022年製作の映画)
4.5
2023/01/07観賞。
Filmarks300本目レビューになりました。

夏目浩次さん、鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーの舞台挨拶付き。

SNSでこの作品を知ったときは、「東海テレビまたいいところに目をつけるな…さすがです」という印象で、公開がとても楽しみだった。
私にとって東海テレビといえば、ラッパーGOMESSと楽曲を起用しギャラクシー賞も受賞した公共キャンペーン・スポット「見えない障害と生きる。」
の印象が強く、福祉や社会問題へのアンテナがいい意味で向けられているテレビ局と感じていました。
そんな東海テレビから久遠チョコレートのドキュメンタリー番組、これは悪いはずがない。


ダウン症のクラスメイトをいじめていた過去の後悔が描かれてから、
現在の久遠チョコレートでダウン症の荒木啓暢さんを雇用し一緒に働いている姿、
パン屋さん時代の同僚堀部美香さんとの歳月を経ての再開など、
長く取材を続けているからこそ映った物語が、テレビマンの作ったドキュメンタリーの最大の強みだったと思う。
また長い年月を経て鈴木監督と夏目さんをはじめとする当事者たちとの関係性は、ただの定点観測ではなくいわば参与観察のような形になり、
観察者の影響を排除しきれないからこその温かみや自然さを感じられる。
テレビの取材が家に入ってるのに横になっている思春期のお子さんが、鈴木監督が夏目さんたちの人生の一員になっていることを物語っている。

本編を見ていると、夏目さんが過去のパン屋さん時代は「頑張れば障害は乗り越えられる」という信念で障害のある人と接していたのに対し、
現在の久遠チョコレートでは障害のある人の特性に配慮した環境調整を行っているところから、
障害そのものの捉え方が大きく変わったのではと思った。
本編中では過去の信念が美香さんとの出来事を招き、ずっと美香さんに申し訳ないと思っているということが描かれていたので、その経験が障害観が変わるきっかけになったのかなと思った。
実際にサイン会の後に夏目さんご本人に伺うと、やはり美香さんの件があってから変わったと仰っていて、
あの件で色んな人からバッシングを受けたこともあったし、もちろん美香さんにも申し訳ないという気持ちもあり、自分がやっていたことは価値観の押し付けでしかないと思った、とのことでした。

夏目さんの障害観の変遷は、いわば医療モデル的な捉え方から社会モデル的な捉え方への変容である。
これが勉強や社会情勢からの感化などからではなく、経験的に自然に移っていったのがとても印象的で素敵だなと思った。

夏目さんから頂いた「福祉現場の人ほどたくさんもがいてほしい」という言葉、とても心に残った。
もっと発達障害・知的障害のことを世間に理解してほしい、知ってほしいという気持ちがある一方で、業界に目を向けると、
世界では社会モデルでの障害理解がスタンダードになっているにもかかわらず、少なくともこの「豊かな国日本」では未だ障害者の賃金は低く、特性に配慮した支援が行われていない事業所も多い。

現場レベルでも「障害のある人を一般社会の基準に合わせられるようにすることがその人のため」という価値観での支援が散見される。
私たちにできることはせいぜい障害を持つ人と一般社会との「通訳者の役割」と、障壁だらけの世界を少しでも生きやすくする「環境調整」だけだと思う。
社会の基準やルールを障害のある人に「わかりやすく伝え」、本人の思いを正しく他者に伝達する。
そのためのあらゆる手段を講じる。
「何回も言ってるんですけど分かってくれませんねん」ではない。伝え方をなんとかしろ。
そして彼らを阻む社会の障壁を少しでも取り除き、彼らが生きやすい社会を作ること。
彼らを変える、指導・矯正するなんておこがましい。そんな価値観、さっさとおさらばしてくれ日本社会。
そのために目の前の理不尽から立ち向かおう。


個人的には発達障害の特性に興味を持ってもらえると嬉しいが、
映画でプラダー・ウィリー症候群が取り上げられたこともなかなか珍しいので、
興味を持った方はぜひプラダーについても調べてほしいなと思った。
本編の内容的にはプラダーの掘り下げは必要ないので簡単な説明だったが、
彼らも特有の生きづらさがあり、映画を見た人はぜひ特性理解につなげてほしい。
マーフィー

マーフィー