CHEBUNBUN

Queens of the Qing Dynasty(原題)のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

5.0
【ノイズとボヤけた世界の中で】
MUBIに去年から気になっていた『Queens of the Qing Dynasty』がやって来た。年末の追い込みに観たのだが、これが年間ベスト級に大傑作であった。MUBIに加入している方は是非チェックしてほしいし、アシュリー・マッケンジー監督は覚えておいた方が良さそうな気がした。

看護師に無理矢理、液体を飲ませられるスター(サラ・ウォーカー)。自殺願望で持っており、入院させられているスターの目に映る世界は、少し現実から遠ざかりフワフワしているような感覚がある。スターにとって未来は絶望的であり、ADHDであろうと診断されていることからすぐさま学校へ行ったり就労することは難しい。そんなスターの前に中国から来たジェンダークィアの研修医アン(Ziyin Zheng)が現れる。自分を社会や他者の領域に押し込めようとする周囲とは違い、アンは適切な距離を保ちながらスターが秘めているモヤモヤを受け入れ親密な関係へと発展していくのだった。

まず、グレーゾーンであるがADHDの傾向が強いと診断されたことがある私にとって、ADHDのある傾向の表象に関心が向かった。まず、音である。ADHDの傾向のひとつとして、脳内CPUを考え事や音といったノイズで埋め尽くされてしまうといったものがある。『Queens of the Qing Dynasty』では終始、異様な音が響き渡っている。もちろん、医療器具による音もある。自分の領域に侵入する音として医療器具の音が活用されている一方で、対話する際も集中力を掻き乱す存在として音が転がっている。ノイズの中で生きている自分にとって、この描写の鋭さに感銘を受けた。また、全体像が見えなくなる傾向に関しても鋭い表現を提示してくれる。バキバキに割れたスマホで部屋を捉える。スマホで映る狭い領域以外はボヤけており、彼女は狭い視野の中で興味関心を見つけていくのである。

スターとアンとの関係に着目していく。アンは幽霊のようにスターの側にいて、共感、寄り添いを露骨な態度で示す訳でもない存在として描かれている。例えば、ズッキーニを巡る挿話がある。キッチンで、アンはズッキーニをプラスチックのナイフで切ろうとする場面がある。対して彼女の持っているものはプラスチックのフォークだ。ズッキーニを切ることができない。ナイフを貸してくださいと対話することができないスターは、ガブリとズッキーニに齧り付く。それをアンはただ見守る。スターにとって周囲は自分をコントロールする存在に見えている。スターに対して強く命令したり、冷たく問診をしたり、行動を抑止しようとする。そうした描写があるからこそ、このズッキーニの場面でアントの親密な関係の萌芽が感じ取れる。

このスターとアンとの絶妙な間合いを強調するイベントとして、VRゲームを使ったユニークな場面があることにも注目したい。『心と体と』において、コミュ障な男女が夢の中で動物となることにより親密な関係となった。同様にふたりはVRゴーグルを被り直接目を合わせない状態で会話をしながら、モヤモヤを解消しようとする。ここで遊ばれるゲームは強力ゲームでも対戦ゲームでもない。からすまAチャンネルで紹介されそうな1人プレイの虚無ゲーのようだ。美しい風景をただ徘徊するだけである。しかし、アニメの世界に逃避しがちなスターにとって、主体的に世界を歩き回り世界に干渉できる、現実と虚構が交わった空間はセラピーとして効果的に機能し、目を輝かせることとなる。2022年の東京国際映画祭で上映された『マンティコア』に続き、映画におけるVRの新しい活路を見出しており興味深かった。

個人的に最近入院し、内なる世界に閉じこもっていたこともあり、今年最も印象的な映画の一本となった。日本公開してほしい。
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