FAZ

落下の解剖学のFAZのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.8
真実を暴くミステリーではなく、まさにタイトル通り、落下して亡くなった男の死の真相を、解剖の如く深掘りしていく過程で見えてくるものをテーマにした映画だった。

“自殺”なのか”他殺”なのか。
気が付いたら自分も裁判員のひとりになったかのような目線で、法廷で繰り広げられる第三者の証言や、専門家からの見解、検察官や弁護士の論争を聞いてしまう。
検察側が話をすると、妻が殺したんじゃないかと思ってしまうし、弁護側や主人公が話すと、自殺だったんじゃないかと思ってしまう。

人が人を裁くということは、真実を第三者が決めつけないといけないということだと、見ている途中で気付かされる。
結局決定的な証拠が出てこない限り、自分は何を信じたいかになってくるのかと思うと、印象操作の恐ろしさも同時に感じた。

この映画のうまいところが、妻のサンドラを「この人が殺すはずはない!」と信じ切ることができないように描いている点だ。だからといって「絶対殺してそう!」とも思わせてくれない。その不穏さのバランスが絶妙だし、それを演じてるザンドラ・ヒュラーの演技力が見事だと思った。

赤の他人の人間性や関係性を、第三者が全て知ることなんてできない。
けれど映画は割と、ある程度神視点で型を作って終わらせることが多く、感想はそれぞれであっても割と近しくなる傾向にあると思う。
けれどこの映画は、見ている側も情報量が映画の世界と同じなので、至る所のシーンが、人によって見方が千差万別となり、それぞれの解釈をするしかない状況で映画館を出ていく。その光景は、まるで映画がスクリーンを越えて、現実世界に溶け込んでいくような不思議な体験だった。
FAZ

FAZ