マーフィー

月のマーフィーのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.7
2023/10/15鑑賞。
2023/11/16 2回目鑑賞。

144分間ずっと「お前の今思っているそれは綺麗事ではないか?」と突きつけられている感覚だった。
頭を鈍器で殴られる衝撃というより、まち針を1本ずつ刺されているような辛さ。

「悲惨な事件だった。これを忘れてはいけない」だとか、
「被害者、家族の気持ちに思いを馳せたい」だとか、
「どのような考えでこの凶行に至ったかが知りたい」だとか、
そんなタイプの映画ではないのではと思う。
もちろんそういう要素もあるのだが、
その心づもりだけで見に行くと、想像以上に深いところまで連れて行かれるはず。


「私たちが社会の中で無意識のうちに育て上げてきた『内なる優生思想』(パンフレットの北村匡平さんのレビューより)」に否が応でも向き合わされる作品であるが故に、
とてもしんどいというのが正直なところ。
しかし見た直後は全日本人が向き合うべきと感じた。

ただ次第に、簡単に「全日本人が見た方がいい」とは言えないと思うようになった。
常日頃この考え方と向き合わざるを得ない人がいるということを忘れてはいけないし、
そのような向き合い済みの人にとってこの作品はただただ苦痛でしかないのかもしれない。

私の想像でしかないが、例えば重度障害者本人であったり、その親族や近しい人の中には
きっと折に触れてこの考え方と向き合わされ、たくさん考え、時に苦しみながら生きている人もいるかもしれない。
「意義深い作品だとは思うが、どうしても見れない」という人は、きっと既に沢山向き合って、深く考えている方々だと思うので、無理に見なくてもいい気もする。

逆に当事者でないと、普段の生活の中でこのような考え方と向き合う機会が少ないだろうし、
そもそもこの考えに向き合うことはかなりの体力がいると思う。
故に大多数の人は心の奥底に無意識にある「内なる優生思想」に蓋をしているはず。
この機会に、この重たい体験を通して一度向き合ってみるべきだと思う。




映画の内容に全然触れないレビューになってしまったので、ここからは内容を。

聞こえる者、聞こえない者
聞こえないものを聞こうとする者
聞こえるのに聞こうとしない者

たとえ聞こえなくても、聞こうとすることが大切。


原作がきーちゃんの視点でほぼ進んでいく、非常に詩的な尖りまくった構成なのに対し、
本作は洋子や昌平、陽子などのオリジナルキャラクターをメインに据えながら分かりやすく物語を作っている。また原作にいるキャラクターを含めてそれぞれのキャラクターが表裏や写し鏡のような関係性にしているのが見事。

またネタバレにもなる、洋子と昌平に訪れるある展開のおかげで「内なる優生思想」について多層的に考えられるものになっていて、すごく上手いなと思った。


陽子が最初にワインを飲み干すシーンのカメラワークが白石晃士かと思うぐらい変なズームなのはどういう意味だったんだろう。


中盤の洋子宅での飲み会の地獄感、耐えられん笑
話を変えてもまた地獄みたいな話になっていくの本当に辛い。
「音と匂いにこだわった方がいいですよ」は少しサイコみがあって、さとくんを平凡などこにでもいる人間として描くには余計だったのでは?とも思った。
でもその時点でもう三日月園で長く働いていたので、既に何かが外れていたのかもしれない。


高畑淳子の演技が圧巻だった。
かなり重要な役に抜群の演技ができる大女優が当てられていることで、
少ない出番ながらも圧倒的な存在感を放ち、
それが作中で被害者側の気持ちに寄り添うことにも成功していると思う。



パンフレットによると、日中の入所の利用者は障害のある方が演じているとのこと。
そのシーン、どこかカメラワークがドキュメンタリーっぽく感じたのはそういうことだったのかなと。非常に現実味があったんだなと。
ただ、素晴らしいのが「現実味があった」ことで、あくまでも現実ではないこと。
「障害のある方が役として演じている」。
これがフィクションを作る上ですごく大事なのではと感じた。

なんというか言語化しづらいけど、現実に存在する重度障害者の様子をそのままカメラに収めて、フィクション映画に使用した場合、
それはある種「障害者を見世物にしている」ことになったのではないだろうか。
この映画ではきちんと本人に映画の主旨を説明をし、さらに出演したい人は自分で親に説明して出演をする、という段階を踏んでいるとのこと。
その上で演技をしてもらっているので、それは紛れもなく架空の人間を演じている映像で、
その過程があるからこそ、題材にとても誠実に向き合った映画だとより感じた。

さらに出演した障害者の中には、撮影後作業所を休まなくなった人がいるという。
製作陣の誠実さが、雇用を生み出すに留まらず障害者の働くことへの気持ちの変化や自尊心にも良い影響を与えたのではないかと思うととても意義深い。





パンフレットのレビューは武田砂鉄さんのが一番好きでした。
あのエッセイのような文体がすごくよかった。




ネタバレ感想はコメント欄。
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